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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:素晴らしい貴重な体験・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:素晴らしい貴重な体験・・・」



(ここから)

今日の破・常識!



わたしたちは、自由に何もかも決めていい。

失敗も成功もありません・・

体験することが目的・・・らしい(笑)



今日もポチッとしていただいて、ありがとうございます。 

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では、アシュタールからのメッセージをお伝えします。






「こんにちは こうしてお話出来ることに感謝します。

絶対無限の存在は、あなたの体験を同じように体験しているのです。

あなたが絶対無限の存在なんですから 

絶対無限の存在は疑似体験ではなく、本当に体験しているのです。

絶対無限の存在は自分が何者であるのか知りたくて 

たくさんの自分をつくり出して、たくさんの経験をしているのです。

たくさん経験すれば自分が何者で何のために存在するのか・・

その答えがわかると思っているからです。

だから絶対無限の存在は、分身(一部)である私たち

(私もあなたと同じく絶対無限の存在の一部なのです。

一部と言うか 絶対無限の存在そのものなのです・・

なぜなら すべての情報は共有されていますから 

一部ではなくそのものだと言えます)

が体験することを同時に体験しているのです。

でもその一部(分身)の意思をとても尊重しています。

分身は、何をしてもいいのです。

分身は分身ですが、でも分身にはそれぞれ意思を持っています。

分身が自分の意思で何をしてもいいのです。

絶対無限の存在は、分身の自由意思をとても尊重しています。

絶対無限の存在には、あなたが考える

判断(良い悪い)と言う概念は全くありません。

絶対無限の存在にとってどんな体験であろうとも貴重な体験なのです。

ですから分身をコントロールすることなどないのです。

絶対無限の存在はいろんな経験をしたいのです。

驚くような経験をたくさんしたいのです。

だから分身たちに自由に体験させているのです。

もし絶対無限の存在が 分身たちの体験することを

あらかじめ決めてしまっていたらとてもつまらないことになりますね。

最初から最後までわかっていたら体験する必要はないのです。

自作自演では感動も驚きも感じられません。

予測出来ないことが起こるから、感動するし、

ドキドキもするし、喜びも感じられるのです。

ですから、あなたは自由になんでも

自分の意思で決めることが出来るのです。

すべて決められていて、自分の意思は関係ない・・

などということはありません。

すべて何から何まで分身であるあなたが決めているのです。

絶対無限の存在は、あなたが決めて体験しているものを

一緒に体験しているのです。あなたと一緒に、喜んだり、

悲しんだり、ドキドキしたり・・を味わっているのです。

絶対無限の存在は、あなたの意思を一番に尊重しています。

あなたにこうしろああしろと指図はしません。

何かを決めることもありません。

絶対無限の存在には、いい体験も悪い体験もないのです。

すべて素晴らしい貴重な体験なのです。


あなたがドラマを見て泣いたり喜んだり

疑似体験をするのも同じようなことです。

最初から結末がわかっているドラマはつまらないですね。

それと同じです。

分身たちの意思に任せて、たくさんのドラマを体験したいのです。

だから私たち分身は好きにやっていいのです。

こういうと人を傷つけることをしてもいいのですか?・・

というご質問が来ますが、

絶対無限の存在の視点から見るとそれもOKだということです。

人を傷つけることは、あなたの教えられた道徳、

倫理などから見れば悪いことだと思われますが、

それは とても狭い価値観の中の話だということです。

これを言うとまた怒られるかもしれませんが・・

人を傷つけるという体験も傷つけられるという体験も 

どちらもとても素晴らしい体験なのです。

この考え方は あなたの教え込まれた(刷り込まれた)

マインドでは理解できないでしょう。

絶対無限の存在には あなたが持っている

善悪、いい悪い・・の概念はないのです。


そして今身体を持って分離の体験をしている時には

わからないでしょうが・・身体を脱いで、

絶対無限の存在の情報の海の中に戻れば 

すべての情報が共有されますので、

傷つけた体験も、同時に傷つけられた方の体験も

共有することになるわけです。分かりますか?

例えば傷つけた人も、傷つけられた人の思いや感情を

体験するということです。傷つけられた人も 

同時に傷つけた人の思いや感情を体験するのです。

そうすることでたくさん知ることが出来るのです

そして情報の海の中でたくさんの体験を共有し 

次はどんな体験をしたいか決めます。

決めたらそれが出来る環境を選んで

また情報の海からでて体験する旅に出るということです。

だから体験はすべて分身たちに任されているということです。

分身たちは自由に何もかも決めていいのです。

失敗も成功もありません・・体験することが目的なのですから。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


もとの世界に戻った時に起こる共有がすべての原点なのでしょうね。

私はあなた、あなたは私という視点がそこで初めて体験できるのだろうと思います。

この世界ではそれぞれ別の人間だったとしても、人種が違っていようと、住む場所が

違っていようと出会いの中で生まれる体験がすべて共有されるという考えがあれば

おそらく誰も私とあなたの区別はしないことでしょう。

それは、親子、友人、職場の同僚、学校の級友、親戚、偶然の出会い、そしてペットや

植物、山々すべてだろうと思います。

なぜなら、もとの世界ではそれらすべての体験が共有されるのですから・・・。


人を傷つけることも傷つけられることも自分自身が絶対無限の存在であればなにを

体験しようと体験することにおいて自由という事ですね。

改めて考えると、ものすごく、壮大な世界です。










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