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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:インナーチャイルド・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:インナーチャイルド・・・」



(ここから)

今日の破・常識!



大丈夫! 傷は知らないうちに自分で治す・・・らしい(笑)


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ワークショップなどで、傷ついてしまったインナーチャイルドを癒すには

どうしたらいいですか??・・というご質問をいただくことがあります。

今日は、この件について・・

アシュタールからのメッセージをお伝えします。









「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

泣いている子にフォーカスしないでください。

悲しかったね、苦しかったね・・と言い続けないでください。

同情しないでください。

同情するとあなたはそこから抜けることが出来なくなります。

傷ばかりにフォーカスするといつまでもその傷が生々しく存在します。

傷は必ず治ります・・あなたには自己治癒力があります。

それを信じてください。

身体だけではなく心も自己治癒します。

それを信じて傷のことは気にせず楽しいことをしていてください。

そうすれば気がついたら傷は治っています。


具体的な方法としては・・

最初は、あなたのイメージの中で泣いてる子

(小さなあなた)を見てください。見るだけでいいです。

そのまま泣いている子を見守ってあげてください。

泣いてるなら気が済むまで泣かせてあげてください。

でも同情はしないでくださいね。

一緒に悲しむ必要はありません。悲しまないでください。

じっと、ただ見守ってあげて下さい。

そうすると泣くのに疲れてきます。

だんだん涙が止まってきます。

そしたら、その子が出来ることにフォーカスしていってください。

その子が出来ることです。

小さな子供でも歩けますね。

歩いてごらんってそっと優しく言ってあげてください。

歩きはじめたらそれをほめてあげてください。

とても上手に歩けてすごいね・・って褒めてあげてください。

歩けることも素晴らしいことです。

歩くというのは、当たり前ではないのです。

微妙なバランスを取りながら 

足を交互に出せるのは奇跡に近いことなのです。

それが出来るその子はすごいのです。

歩くことに自信が出来たら 次に出来ることを見つけてください。

走れることでもいいです。

何かをつくれることでもいいです。

おしゃべりが出来ることでもいいです。

おしゃべり出来るならば その話をじっと聞いてあげてください。

そして上手に話が出来たことを褒めてあげてください。

どんな些細なことでもいいです。

出来ることを見つけて 褒めてあげてください。

どんなことも出来て当たり前じゃないんです。

その子が出来ること・・に対して出来てすごいね・・

と、とにかくほめてあげて下さい。

その子が笑ったら一緒に笑ってあげてください。

笑顔がとてもかわいいねって褒めてあげて下さい。

そうすると、その子は自分に自信が持てるようになります。

小さなあなたに自信が出来ると、

他の人に言われたことなど気にならなくなります。

自信をつけるためには 褒めるのが一番です。

かわいそうな子供時代だと思い、それを癒さなければいけない・・

というスタンスでいると その子(自分自身)をいつまでも

被害者の立場にいさせてしまうことになります。

被害者になってしまうと、自分では何も出来ない・・

と思いこんでしまいます。親のせい(誰かのせい)で

私はこんな悲しい思いをした・・となると

いつまでもそこから出られなくなります。

癒さなければいけない・・と思うということは、

被害者であると認めてしまうことになります。

被害者のままで居させるのではなく 

自立する方向へ視点を変えてください。

かわいそうだと同情するのではなく自信をつけてください。

自分に自信が出来ると、今まで悲しい出来事だと思っていたことが 

な~~んだそんな小さなことだったんだと思えるようになります。

その時にはじめて、すべて癒されたと思えるのです。

傷を見て、ずっと悲しみの中にいるのではなく・・

傷が治って行くことにフォーカスして行けば 

同じように傷ついたとしても受け取り方が変わってきます。

悲劇だと思って誰にも言えなかったことが、話のネタになるのです。

(自虐ネタではないですよ)

話のネタにできてしまえば、なんてことはなくなります。


まずは自信をつけてください。

あなたの存在自体が奇跡なのですから、、

出来て当たり前だと思っていることに

ちょっと視点を変えてみてください。

あなたは、たくさん出来ることがあるんです。

あなたしか出来ないことばかりなのです。

出来ないことを見つけるのは上手なのに、

出来ることを見つけるのは苦手ですね(笑)

でも少しだけ視点を変えてみれば反対になります。

出来ることがどれだけ多いかわかって びっくりしますよ。

小さなあなたが笑ってくれるまで 

褒めて褒めて褒めちぎってあげてください。

これは他の誰にも出来ることではありません。

あなたにしか出来ないことなのです。

小さなあなた(インナーチャイルド?)を

被害者にしないでくださいね。

褒めてあげれば自信がつきます。

自信があれば 自分が好きになれます。

自分を好きな人は、そんな意識しなくても

知らず知らずに自分を大切にしています。

大丈夫ですって! 傷は知らないうちに自分で治します。

深刻にならずに楽しいことにフォーカスしていてください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


インナーチャイルドについて深く考えたことがありませんdしたので

癒すという事自体が必要なのか?

インナーチャイルドに悩んでおられる方には失礼なことかもしれませんが

あまり考えたことがありませんでした。

私の子ども時代もそれほど良かったというわけでもありませんでしたので

心の内深くに残されている傷みたいなものはあっただろうと思います。

しかし、アシュタールのメッセージを読むようになってから過去は過去、今は今と

割り切れるようになったのでその影響は少なくなりました。

また、今の自分を見つめるようになっていますので、過去の出来事も俯瞰して

見ることができるせいかあまり影響は受けなくなりました。

以前だったら違っていたでしょう。

今の自分の問題点は過去の影響だと考え悩むこともありましたから。

だから、今にフォーカスし、過去を別の過去として見るようにすることが必要で

あり、いたずらに過去にとらわれても問題は解決しません。

ぶり返すだけです。

むしろ今の新しい自分を創り上げることに専念することで過去は断ち切れます。

ただ、そうしたインナーチャイルドに悩む方は本当に心優しい人たちだろうと

思います。でも、アシュタールの語るように本当の優しさとは?ということを

今一度問い直すべきだろうと思います。

冷たい言い方かもしれませんが「同情して寄り添い、一緒に慰め合うことが本当の優しさ

ではない」ことを考えてみるべきでしょうね。

インナーチャイルドを自立させてあげることが本当のやさしさです。





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とてもとてもやさしいおまわりさん [おまけ]

日本でもこんなおまわりさんがいたら。それこそ拍手喝采だろうね・





この後、ネコちゃんはどこ行ったんだろうね?



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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:一人でも大丈夫と思えるなら・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:一人でも大丈夫と思えるなら・・・」



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「自分の人生の主導権を握ろう」 「水曜どうでしょう」の嬉野Dが語る

「ひとり」から始まる幸福

・・っていうコラムを読みました。

すごく端折って言えば・・

イジメられたり、シカトされたら、そこから脱出(逃げる)しよう・・って、

書いてました。

「ひとりで生きていくんだって思ってみたときから、僕らの人生は幸福な人生へと舵を

きりはじめる。そんな気がします」と結んでいらっしゃいました。



そう言えば私も中学の時に仲良しだった友達たちから無視されたことがありました^^;

仲良しの4人でいつも一緒に遊んだり、笑ったり・・それは、それは、楽しかったんですけど、

ある日を境になぜか3人の態度がおかしくなっていったんですよね。

何故か私のことを無視するようになって、何故か原因がさっぱりわからないんです。

だから、こちらから一生懸命話しかけたりしたんですけど、返事も返ってこない。

誰も笑い返してくれない、知らんぷり・・

一緒にお昼ご飯を食べていたのに、私一人を避けるように3人だけで机を並べて食べ始める

(ある意味これ見よがしに目の前で・・)

悲しくて、さみしくて、毎日泣いてました。


でね、しばらくして決めたんです。

もうやめよう!って。

もうあの3人とは関わらないようにしようって。

そして、別の人といるようにしました(まだクラス全員で無視するなどの嫌がらせはなかった

ので、他の友達は一緒にご飯を食べてくれたりしたんです・・ホント感謝しました)



そしたらね、また誘ってくるんです。

ごめんね・・って。

また、一緒に遊ぼうよ・・って。

すごくうれしかったです。

また仲良く出来る、また楽しい毎日が戻って来るって思えて、ルンルンしました。


でもね、また一緒に遊ぶようになったら、また同じことが繰り返されたんですよ。

また、無視がはじまった。

何だそれ!って思いましたよ、ホント(怒)


でね、今度こそはホントに関わらないと決めたんです。

ひとりでも大丈夫・・こんな人たちと一緒にいるくらいなら、ひとりの方がせいせいするわって。

他の友達と遊ぶのもやめました。

だって、その人達から逃げるために他の友達を利用するみたいな気がして、イヤだったから、

ひとりでいることにしたんです。


離れようとするとまた誘ってくる・・でも、絶対にもう戻らないと決めた私は、

反対にその人達の誘いにも返事をすることをしませんでした(私って気が強い?(苦笑)

そうじゃなくて、もう悲しい思いをしたくない・・その一心で踏ん張りました。

さみしいから、誘われると行きたくなる・・

でも、また同じことの繰り返しになることは分かってる。

ホント苦しかったのを覚えてます。


でも、それでよかったって今でも思います。

このコラムに書いていること、すごく分かりました。


ひとりでいることが怖くなくなると、すごく自由になれる・・って

本当に思えるミナミなのでしたぁ~~^0^


では、今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

自立してください。

自立するというのは、自分のことは自分で楽しませることが出来るという自信が持てることです。


孤独をも楽しめるということです。

孤独と孤立は違います。

人はもちろんひとりでは生きていけません。


でも、だからと言ってむやみに集まっても、それはそれで生きて生きにくくなります。

むやみに集まる・・言葉は悪いですが、それは依存しあうということになるのです。

自分で立てない人が、集まっても寄りかかり合うだけのことになってしまうのです。

寄りかかりあう関係になると、どちらがより寄りかかるかのパワーゲームになります。

そして、寄りかかっている誰かがいなくなると困るので、お互い監視しあう?干渉しあう

ことになってどんどん窮屈な関係になって行きます。


自立した人たちで集まってください。

寄りかかりあるのではなく、提供しあうのです。

自分の出来ること、得意なことを提供しあうことが出来れば、とても気持ちの良い関係を

築くことが出来るのです。

誰かがいなくなっても、自分でそれをすることが出来ると思いますので、誰かを束縛したり、

干渉したり、監視したりする必要はありません。


自分でも出来るけど、でも自分よりもっと得意な人にお任せする(その分、自分の得意なことは

他の人に提供します)というのと、

自分で出来ないから、誰かに頼るしかないと思うのでは大きく違うのです。

分かりますね。


自分で自分を楽しませることが出来なければ、誰か自分を楽しませてくれる人を待つことに

なります。

自分を楽しませてくれる人を見つけると、その人に寄りかかり、その人がいなくなったら

どうしようといつも不安になり、心配で仕方が無くなってしまいます。


そのために、その人に好まれるような態度をとったり、すがったりしなければいけなくなるのです。

その人に自分の権利を渡してしまうことにもなってしまいます。


自分で立つことが出来れば、ひとりでも大丈夫と思えれば、誰かに自分の権利を渡すことは

なくなります。


自分で自分を楽しませることが出来るように自立してください。

自分のことは、自分で何とかなると思える自信を持ってください。


そして、自立した人たちで、それぞれの出来ることを提供しあってください。

そうすれば、いまの搾取の(寄りかかりばかりの)社会からそっと離れることが出来ます。

イジメなどのない社会を創造することが出来ます。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。

(ここまで)




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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:シンプルな生活・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:シンプルな生活・・・」



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今日の破・常識!



必要なものは 必要なだけ 必要な時に手に入る。

それを信じてシンプルでいる。

保険も 保障も 備えもいらない・・・らしい(笑)

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では、アシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します

すこしずつピラミッドから離れてください。

少しずつでいいです。

でもどうやって離れればいいかわかりません・・ですか?


生活をシンプルなものにすればいいのです。

今本来必要のない物、必要のないことを

一生懸命追いかけるようにミスリードされています。

たとえば そんなに清潔にする必要は無いのです。

そんなに肌が驚くほどたくさんいろいろな化学物質が入った

シャンプー?石鹸?でごしごし洗う必要はないのです。

たとえば、たくさん香料や界面活性剤の入った洗濯洗剤で洗い 

そしてそのために固くなってしまった衣類を柔らかくするために

柔軟剤を使う必要もないのです。

たとえば遠くから運ぶために

たくさんの保存料の入った食品を食べなくても

近くで取れた食品を食べればいいのではないでしょうか?

たとえば、安いからものをたくさん買ってどんどん使い捨てるよりも 

すこし高くても 気に入った物を周りに置くようにすれば

好きなものですから修理しながらでも

大切に使うことになりますので、

お財布にも気持ちにもいいのではないでしょうか?

必要なものだけを身の回りに置いておくことにすれば 

生活はシンプルなものになります。

必要なもの以外を欲しがるようにたくさんの宣伝がされています。

宣伝をみると欲しくなると思いますが、

それは今なくても何も困っていないものならば

いまのあなたには必要ないものなのです。

本当に必要のない物を手に入れるために、

必要のない労働をしているのではないでしょうか?

生活がシンプルになれば、そんなに働く必要もなくなります。

必要のない物を手に入れるために 

大切な時間を手放す必要はないと思います。

便利だと思い それがあれば時間も労力も

ずいぶんと助かると思って買った物のために

労働時間が増えるというのはナンセンスですね。

自分の所有する家に住みたいと思って買った家のために 

何年もローンという借金に縛られ

毎日何時間もかけて会社に行くというのもどうでしょうか?


あなたが今心から欲しいと思う物は何ですか?

あなたは、今どうありたいと思っていますか?

どのような生活が、あなたの理想とするものですか?

そして今、あなたはその生活をしていますか?

していないと思うならば、どうして出来ないのでしょうか?


たくさんいろいろ考えてみてください。

そして生活をシンプルにするにはどうすればいいか?

考えてみてください。

生活がシンプルになれば自分の時間が持てるようになります。

生きるためだけに生きなくてもよくなります。

自分を楽しむために生きることが出来るようになります。

必要のないものを追い求めなくなれば、

ピラミッド社会から少しずつ離れることが出来るようになります。

ピラミッド社会は、消費を増やしていかなければ成り立たないのです。

そのために次から次へ物をつくり出し、

それを買ってもらえるように宣伝しているのです。

ほとんどそんなに変わらない物をつくり出しては売り込む。

それに付き合っていたら それを手に入れるために

たくさん働かなければいけなくなります。

悪循環を断ち切ってください。

必要なものだけを身の回りに置くシンプルな生活をすれば、

働く時間も少なくなります。

そうすればピラミッド社会からそっと離れることが出来ます。

必要なものは 必要なだけ 必要な時に手に入ります。

それを信じてシンプルでいてください。

保険も 保障も 備えもいりません。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!


(ここまで)


シンプルイズベストということですね。

今本当に必要なものだけを手にする。

それ以外は必要にならない限り求めない。

ただ、本当に必要だと思うなら手にするべきです。

必要なものならいつでも手に入るはずです。




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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:波動が高い=人間離れ????」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:波動が高い=人間離れ????」




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波動が軽くなると、物欲や食欲、性欲などの欲がなくなるってどこかで

ちらっと聞いたんだけど、それってホント?アシュタールぅ~~^^;

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

そんなことはありません。

波動が軽くなるのと、欲がなくなるのとはまったく違う次元のはなしです。


それは、宗教的な概念である精神性と波動をすり替えたり混同してしまった考え方です。

宗教的な概念では、人格者や霊的に高い人、精神性の高い人は世俗的なことには

関心を持たない、無欲の境地にまで自分を高められた人だと言われています。

仙人のように、世俗とは離れ、ただ一人孤高の中で生きる・・

それが素晴らしい人です、と。

それが悟った人です、と。

それが、神に近づいた人です、と。


そういう概念と波動の軽さはまったく関係ありません。

波動が軽い=人間離れとは違うのです。

波動が軽い人は、○○はしない、○○を欲しがらない、怒らない、いら立たない・・

いつもニコニコしていて誰に何をされても怒ることなく許し、どんな環境も受け入れる・・

などという考え方は手放してください。

そんな人はいません。

それは宗教によって作られた虚構のモデルケースです。

(これは余談になりますが・・

あなたの社会の宗教的なリーダー、教祖たちはどうでしょうか?

宗教の中で説かれているような生活をしていますでしょうか?

何も欲しがらず、清貧の中で、質素に仙人のような生活していますでしょうか?

そうではないですね?

きらびやかな宮殿のような建物に住み、王のようにたくさんの人にかしずかれ、

華やかな生活をしているのではありませんか?

指導者自身がしていないことを、人々には清貧や我慢の中で聖者のように生きるべきだと

説いていることは、私は矛盾だと思うのですがいかがでしょうか?)


そんなモデルケースを目指さないでください。

無欲を目指す必要などありません。

怒ることなくいつもニコニコ・・それは感情を切ってしまっただけのことです。

感情を切ってしまうと、何も感じませんので怒ることも、本気でよろこぶことも

悲しむこともないのです。

無感情ですので、ニコニコしているような顔になってしまうだけです。

ニコニコした表情(口角が上がっている)で固まってしまっているだけなのです。


もう一度お伝えしますが・・波動が軽い=人間離れ・・ではないのです。

波動が軽いから物欲、食欲、性欲などの欲がなくなる・・などということはありません。

人として身体がある限り、必要なものは必要なのです。

物欲、食欲、性欲などの欲は生きていく、生存していくためには必要なのです。

だから、欲はなくなりません。


ただ、不必要な欲は減ります。

それは、波動が軽くなると不安や心配が減るからです。

波動が軽くなるということは、ご機嫌さんでいる状態だということですので、ご機嫌さんの

ときは不安や心配や怖れなどにフォーカスしないのです。

だから、不安や心配、怖れなどからくる欲は大きく減っていきます。

必要以上にお金を欲しがり、必要以上に貯めておこうとしなくなるという意味では

物欲は減ると言えるでしょう。


同じように、不安や心配や怖れからエネルギー不足になってしまって、そのエネルギーを

補給するための中毒のような食欲や性欲などもなくなると言えます。


でも、楽しくご機嫌さんでいるために必要な物欲や食欲や性欲などの欲はなくなることは

ありません。

だから、それを持っているから私はダメだ・・などと言って無理やり我慢しようとするのは

とてもナンセンスなことです。


無欲になるためにきびしい修行をしなければいけない、努力をしなければいけない・・

などと思うのはまったくのナンセンスなのです。

波動を軽くするのとまったく反対のことをしていることになります。


波動が軽い人がいい人、素晴らしい人、霊格の高い人、精神性の高い人、などという考えは

手放してください。

波動の軽さと宗教的な考えを切り離してください。

まったく違う次元の話だということを、しっかりとお伝えしたいと思います。


そして、波動が軽いから良い、重いから悪い・・というような善悪で考えないでくださいね。

いい悪い、善悪の話ではありません。

ただ、どの波動領域が好きか・・それだけのことです。

それを間違えてしまうと、いままでのあなた達を支配して来た宗教と変わらなくなってしまいます。


私たちがお伝えしている波動の話は、宗教的な概念とはまったく違います。

宗教の延長線上で波動エネルギーのことを考えないでください。

そこを理解していただければと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。

(ここまで)


波動が高い人ほど聖人君子の高みに近づくと思っている人も中にはいるでしょう。

でも、ほとんど変わらないのですね。

多少欲は減るかもしれませんが、いたって普通の状態だろうと思います。

変わるのは見てても人柄に触れても楽しい人になるということでしょう。


確かに私たちがこれまでに教えられてきたことや本や人からの知見などで得られたものは

見識があって、笑顔を絶やさず、怒ることも少なく、人道的で友愛に富み、人を助ける

ことをいとわず自らをも犠牲にし献身的な人というイメージでしょう。


でも、そんなの長続きしないでしょう。

いつもいつも人の前では格好良くないといけないでしょうし、第一疲れます。

だから、どこかでその不満のはけ口を求めて暴走するのでは?

と思うのです。


そんなことはナンセンスなことですから普通でいましょう。

また、そのようなことを波動が高い人だからと求めることも大きなナンセンスです。








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