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新年明けましておめでとうございます [日記・エッセイ・コラム]

みなさん
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


このブログも初めて書き始めたのが2008年1月です。
当時は株価の下落が進みつつある時であり、
「今後の日本経済はどうなるのか?」というタイトルで始めたと思います。


その間、経済・時事問題を扱いながらアセンション問題も取り上げ書いてきました。
そのアセンションとなる2012年12月まで残すところ2年を切ってしまいました。
そのときにはどのような世界が顕現するかはわかりません。


そして、今、日本の政治は混沌とし、朝鮮半島情勢も不安要素を抱え、
中国・ソ連からの侵略の恐れも顕在化していますが、
何故か、今年の私は明るい未来を感じます。



おそらく、2011年以降は地球世界の2極化が極端な形で顕在化していく年では
ないかと感じています。



その分かれ目は、各自の心の持ちようになるだろうと感じるようになりました。
不安な中においても、明るい未来を感じられる人はその方向に誘導され、反対に
希望を捨て、自暴自棄になり闇に目を向ける人々はその方向に誘導されていく
だろうと思います。


そして・・・・
時間の加速が進み、多くの出来事がめまぐるしく変化していく年になりそうです。
しかし、その中においても自分の周囲を取り巻く環境が平時と変わらなければ
その人は明るい未来へのレールを歩いているのだろうと思います。


今年もいろいろなテーマを取り上げることになると思いますが、
よろしくおつきあいくださるようお願いします。








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共通テーマ:日記・雑感

株式市場の混乱に拍車がかかるのか? [日記・エッセイ・コラム]

 1月22日の日経平均は700円以上の下落となり、23日にはアメリカFRBの0.75%追加利下げにより、午前中は400円以上の上昇が見られたが結局12829 +256で終わった。期待したほどの反発が無かった印象を持った。米国のサブプライムローン(以下SPL)による影響はじわじわと拡大している。2003年4月の日経平均は7831であったことと比較すると、まだまだ大丈夫と思われるかも知れない。だが、今回が過去と大きく異なるのは世界同時株安が進行していると言うことである。以前書いたようにSPLは低所得者や過去に債務不履行などの低信用所得者などに対して、住宅価格の上昇を当てにして住宅資金の貸し付けを行い、最初の数年間は低金利で計算して返済額を減らし、数年後に負担が増えると方法で融資を行うものであった。ところが、住宅価格の下落に伴い、下落した分の穴埋めに追加金を請求されて払えない米国民が増加しているのである。たとえば5000万円で購入した住宅の評価が4000万円まで下がった場合、購入資金は債権化されているので、債権の低下が発生するため、銀行はこの減少した分の追加資金を住宅を購入した人に求めるのである。内実は株の信用取引と同じ事である。そのため、低所得者だけだなく、米国の中所得者まで滞納、債権の回収不能が広がり、メリルリンチなどの収益低下、損失拡大となっている。日本でも過去の不動産バブルで経験したように、当時の銀行は将来の不動産の上昇を高く見積もり、空き地に次々とビルを建てる資金を融資していた。終いには古い住宅を壊してでも土地を確保しビルを建てて行った。同時に庶民にはそうしたマンションを個人所得を甘く査定してどんどん融資し販売することで住宅価格のつり上げ、建設と言う循環の中にあった。バブル崩壊は政府の金融引き締め政策が行き過ぎた結果発生したものであったが、一旦走り始めたら止められない状況になり、不良債権の山となった。現在ここまで回復したのは日銀のゼロ金利政策の賜であったと思う。本来銀行が預金者に支払う利子をほとんど払うこと無く、自己留保したお金を不良債権処理に回すことが出来たからである。そのためメガバンクは予定より早く公的資金を完済し、ようやく日銀の公定金利を上げ、金利を中心とした経済政策へと舵取りを切って行こうとした矢先でもある。しかし、この失われた10年間で国民が利子をもらえず払った莫大なお金はどこに消えたのであろうか。それは言うまでもなく、当時の海外不動産取得、企業買収、政府のODA、自衛隊の海外派遣、政府の無駄遣い、政治家、海外ファンド、闇資金、当時の不動産取得に一役を担ったやくざ組織などへと流れたのである。我々日本国民はこれまで莫大な国民資産を失い、現在もこれから来るであろう大不況でにっちもさっちも行かない状況に立たされようとしているのである。



 SPLに端を発した米国の不況が長引くと、これまで米国が世界の消費国と言う構図が崩れ、各国の輸出が立ちゆかなくなり物が売れない状況が進行し、世界不況へと進行して行く。「日刊ゲンダイ」に米国の年間消費額が9.5兆㌦なのにBRICSの合計消費額が1.7兆㌦であり、アジア市場が米国の肩代わりは出来ないとあった。米国を中心とした経済のグローバル化は遅かれ早かれ破綻するのが目に見えている。また、米国内で証券化されたSPLを多く抱えるシティバンクは経営危機に直面しており、4万5千人のリストラを計画し、さらにサウジから年利11%で8000兆円の融資を受けるようである。こんな高金利の資金ではいずれ返済不能に陥るのは明らかです。もしかしたら、ドル体制崩壊によってパーになることを見込んでいるのだろうかと疑いたくなります。しかも貯金の引き出し制限が行われており、事実上の貯金封鎖になっているようです。もしかしたらこのまま世界同時株安が進行すると日本でも政府、日銀による貯金封鎖がおこなわれるのではと危惧しています。今回の世界同時株安にはSPLが根底にあり、米国ブッシュが打ち出した減税対策は即効性がないため、市場の好感が得られようはずもなく、作為的な面(米国ネオコンによる多極化政策)を覚えます。



 いずれにせよ、今後の世界情勢には十分な注意が必要であり、自己防衛対策も考えておかなければならないと思います。


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株価の下落が止まらない [日記・エッセイ・コラム]

年初から下がり続けている日経平均だが、今日の午前中は米国の株価上昇もあって一時110円の上げが見られたが、後半下がり、最終的には138円安い1万3972円で取引を終えた。年明け早々下がり続けると予想したが「ここまで連日下がるとは」と言う思いである。しかし、日本の置かれている現状を考えると株価上昇に結びつく好材料が見あたらないのである。



1.所得格差の拡大に伴う購買力の低下。日本政府のグローバル化の目標と制度上の改悪によって富めるものは富みそうでないものは落ちると言う政策が原因。そして、従業員への利益の公平な分配が行われず、株主や企業役員へ収益が流れているためである。



2.主要企業の収益の低下。これは先日発表された2007年の世界の時価総額ランキングで日本で唯一の優良企業と言われるトヨタ自動車が昨年の8位から21位までランクを落とし、時価総額は昨年に比べ450億円減っていることからもわかる。国内販売の大不振。



また、トヨタなどのグローバル企業が利益を上げても日本経済を支える中小企業の収益が上がらなければ日本経済の好転は望み得ない。なぜなら今の中小企業は大企業の収益改善に協力せざるを得ない状況に追い込まれ、独自の技術や製品を持たない限り淘汰されるからである。経済雑誌などでそのような優れた企業が取り上げられもてはやされることがあるが、果たして中小企業の何%がそれに該当するか疑問である。



3.株価低下が進み、個人投資家がこれまであおられていたことに気づき投資に慎重になり始めたこと。



4.海外の機関投資家の購入比率が高くなっていて、最近はBRICSの株価上昇と繁栄、資産価値の上昇が著しく、そのような資産家、個人投資家が利益確定のために株価放出を始めているため。



などの原因が考えられる。好材料が乏しい状況が続くとこのまま下がり続ける可能性も高いと思われる。



これまで企業の国際競争力をつけると言う旗印のもとに経済のグローバル化を進めた国は例外なく財政破綻に陥っている現実がある。しかし、日本は独立国家でありながら名実共に米国の1州になっており、米国からの教書に逆らえない現実があるのも事実である。かって時の総理大臣であった田中角栄はオイルの自立調達と米国抜きの日中友好条約を結び、汚職事件をスクープされ、その後ロッキード事件で完膚なまでに叩きのめされ失脚した事件があった。そのため、歴代の総理大臣は米国には逆らえないのである。



話がそれてしまったが、日本の未来は我々国民の手に委ねられているのであり、国民一人一人が自国民の誇りと自尊心を持ち、日本の将来がどうあるべきか考えて欲しいものである。


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地球温暖化 [日記・エッセイ・コラム]

地球温暖化が問題になって久しいが、今日の日経新聞記事によると、「日本の気温4.7度上昇」とあった。これは20世紀末に比べて21世紀末にはと言うことである。21世紀末まで90年以上あるので実感がわいてこないが、ここ数年の夏場の気温上昇は体感でもかなり暑くなったと感じる。真夏日の日数も増加してきている。私は20代の時分に大阪に住んだことがあるが、当時大阪は1月に入ってもワイシャツ姿で歩けた時があり、東京と比べてかなり暖かいと感じた記憶がある。だが、空気が乾いているのでそれ程蒸し暑さは感ぜずに済んだ。しかし、東京は蒸し暑い。これからどんどん暑くなることを想像するととてもじゃないと思う。マンションのエアコンは能力が低く、年数も経っているので、ほとんど冷えない。今年はさらに暑くなるだろうからエアコンの取り替えが必要になるだろう。



 地球温暖化の原因が大気中のCO2濃度の増加とされ、京都議定書の遵守が各国に求められている。そして、各国ともCO2削減の為にCO2排出量の取引を行い自国の排泄量のバランスを取ろうとしている。また、前米副大統領の「不都合な真実」でもCO2の削減が求められているが真実は」どうなのだろうか。私が先日書いた日記のなかで2012年問題に言及したと思うが、今この地球上ではアセンションが進行中であり、私たちの住むこの地球自身もアセンションにむけて波動が上昇中なのである。現在の地球温暖化の原因は地球自身がアセンションに伴って温度を上げていることにあり、CO2にその原因があるのではない。(ガイアアセンションより) そしてさらに隠された真実は、温度上昇に伴い最終的に大氷河期が到来することを示唆する説もある。今の時代様々な情報が交錯しており、マスコミや政府、そして学術学会などから本当の情報は伝わって来ない。すべて隠蔽されているのであり、私たちはマスコミの報道を通じてそうだと信じ込まされているのである。人間は嘘でも何度も何度も繰り返し聞かされると、次第に「そうかも」から「そうだ」と思い始める心理的習性を持っている。従って多くの人たちがそれが真実だと思い、「それに異を唱える人が異端であり異常である」と考えることが正しいとことだと考え、全体意見に反対する人の話に耳を傾けようと思わなくなる。この時代、自分自身の感性を大事にし、それに従って自分自身で考えるようにしていかないと大事なことを見失うってしまう。一般情報には常に疑問を持ち自ら調べ考えることが大事だと改めて思う今日この頃である。


2012年まで後4年 [日記・エッセイ・コラム]

今年の株価は連日下がり続け、日経平均は14,528となった。それでも日経新聞も一般紙もそれほど大きく取り上げていない。そして、「アメリカの住宅価格の下落率が10%を越えてその影響がじわじわとひろがりつつある。スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)/ケース・シラーが26日発表したデータによると、10月の米一戸建て中古住宅価格は、主要10都市圏の価格動向を示す指数が前年同月比で6.7%低下の209.68と、過去最大の低下率となった」と07/12/27に報じられている。これが何を意味するかは大部分の人は気づいていない。年率換算で16.6%であるからかなりの下落率である。ほぼ7年でゼロになる計算である。世界中の投資家が証券化された債権が回収不能となることであり、その経済的負担が世界中に広がり銀行、証券会社の連鎖倒産が発生し、最終的には企業の投資資金が枯渇していくことを意味している。その不安心理から連鎖反応的に世界中の株価下落へと進行し世界恐慌へと発展していく危険性をはらんでいる。私自身も2012年に世界がラストエンドを迎えるなどと。2008年に公開される「マヤの予言」が現実味を帯びてきたように思う。


日々思うこと [日記・エッセイ・コラム]

今日知人の奥様が亡くなられたという訃報の知らせを聞いた。まだ私より若かったと思う。突然脳溢血で倒れそのまま亡くなられたようである。そういえば昨年も私の高校時代の友人の父上が亡くなったと言う訃報もあった。いずれも東北の方々であるが、脳溢血で亡くなる人が多い地域だなと改めて思わされた。私も東北生まれだが、関東の生活の方が長く、かれこれ30年近い歳月が流れた。あまり塩分の多くない食生活のため、脳溢血の危険性は東北の人たちに比べれば少ないと思う。おかげでこの年まで大病をせずに生きながらえてきた。とは言ってもまだ今年で55歳だから、現代の基準で言えばまだ若いと言うべきか。私自身「病気はそもそも自分自身に原因があり、自らが作り出すものである」と言う考えだ。特に精神的ストレスと病気になるのでは無いかという心のあり方が最も大きく作用するものと考えている。もともとの性分として、悩みや他人に対する恨み辛みがあったとしても長いことこだわることが少なく、知らないうちに忘れている。そのせいか至って楽天的なところがある。それが効を奏して大病せずにいたと思う。



今年の正月は何年かぶりに晴天に恵まれ、ずうっーと晴れわたりのんびりしたものであった。何日かは友人が来て飲んだりカラオケに行ったりしたが、他はあまりすることもなく過ごした。でも不思議なもので、正月前はあれほどゆっくりしてのんびりした生活を早く送りたいと思っていたが、こうしてみると、どうしてどうしてたいくつで仕方がなかった。もし、このまま定年退職してのんびりしてしまったら早くぼけるだろうなと思った。仕事に出て行って改めて何もせず社会から途絶した日々は無理だと思った。やはり人間は社会的動物であり、組織の中で様々な人間関係があって初めて自分らしさと、自分自身を認識できる存在であると思った。我々自身社会性がなければ自分自身に何の価値も見いだせないと言うことである。




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