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中央ホンジュラスの交差点での出来事:勇気ある人たち??? [おまけ]

こちらは中米ホンジュラスの交差点での出来事

車が停車したのはいいけど横断歩道のど真ん中でした。信号が変わってそこを通り過ぎた
人たちの中には、意外な行動を取った人がいました。





日本じゃわかっちゃいるけど、とてもこんなこと出来ないですね。



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破・常識 あつしの歴史ドラマ「さくやさん:もし鏡がすべて無くなったら・・・ラッキーじゃない!」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「さくやさん:もし鏡がすべて無くなったら・・・ラッキーじゃない!」



(ここから)

昨日の・・もしこの世から鏡が消えたら・・の件でさくやさんが話ししたい

ことがあるそうですので、お伝えしますね^^


「もし鏡が無くなったら・・ラッキーじゃない。

だって、判断しなくて済むんだから(笑)

人と比べてどうこう悩むこともなくなるじゃない。


だって、自分の顔や姿がわからないんだから、自分と誰かを比べること出来ない

でしょ。

そしたら、あなた達がいつもしている(悩みのタネである)比較をしなく

なるわ。

比較って、自分と誰かを比べて、その人の方が勝ってる、とか、たいしたこと

無いわね(自分の方が上よ)的なことを考えることでしょ?


それが無くなったら、楽になるんじゃない?

もともとの基準がわからないんだから、比較する方法がないものね。



そしてね、もっと楽になるのは、顔や形なんてどうでもいいってことが

わかるってこと。

そんなものどうでもいいわって思えるようになるってこと。


たとえば、人は好き勝手なことを言うんだってことがわかるのよ。

自分の顔や容姿について、勝手なことをいう・・ってことがわかる。

だって、この人は私のことを眼が大きくて可愛い・・っていうけど、別の人は口が

大きいから大きな眼とバランスが良くないからあんまり可愛いとは言えない・・とか、

それぞれに好みによって好き勝手に判断して好き勝手なことをいう・・でしょ。

それをいちいち真に受けていたら、気分が浮いたり沈んだり(喜んだり落ち込んだり)、

訳が分からなくなって混乱してしまうわよね。


そして、混乱したのちにどう考えるかっていうと・・・人の意見なんてどうでもいいわ・・

私は私。どんな顔をしてようとも、どんな容姿であろうとも、私に違いないんだから

これでいいって思えるようになるのよ。


そしたらね、怖いものはなくなるわ。

だって、あなた達が怖いのは、人にどう思われているか・・ってことでしょ。

それは、人がどう自分を見ているか? どう判断しているか?ってことよね。

そして、なるべく人に好かれたいと思って、本当の自分を表現するよりも、

人に好かれる自分を表現しようとして、疲れ果てるのよね。

そして結局自分がわからなくなってしまう。


自分の素直な表現をすることが出来るようになれば、とても楽になる。

それには、人の判断なんてあてに出来ない・・ってことがわかればいいのよ。


人の判断、人の評価なんて、その人の好き嫌いの問題であって、自分には関係ない。

人の評価なんていらない・・って思えるようになる。

そしたら、人の眼や思惑などを気にして小さくなる必要なんてなくなるの。


人はね、それぞれ好き放題を言うのよ(笑)

自分が正しいと思ってるからね。

そう、自分が正しい・・・それはそれでいいのよ。


でも、そこに自分の方が正しいという気持ちがはいるから、おかしなことになってしまうの。

自分は正しい。。それは自分の価値観、評価、好き嫌い・・だから、他の人の”正しい”も

自分と違っても正しい・・って思えたら、すべて正しいってことになるでしょ。

だから、諍い合うこともなくなって、平和になるわ。


何が言いたいかというと、鏡がなくなって自分の顔や容姿がわからくても何も困らない・・

というか反対に自由になれるってこと。

自分のことを素直に・・それでいいって思えるようになるってこと。


これはね、顔や容姿だけのことを言ってるんじゃなくて、すべてにおいてそうだってこと。

よくあなた達は、本当の私を探して、自分探しの旅に出るけど・・そんな旅をしても

見つからないわ。

だって、もともと自分がわからないんだから。

鏡で自分の顔を見たことがない人と同じ。

自分の顔を知りたいと思って、いろんな人に私の顔ってどんなんですか?って聞き歩いて

訳が分からなくなってる人と同じことになるだけなの。


どんな時でも、いつでも、あなたは本当のあなたなの。

いつもと違うことを考えてるあなたも、それはその時の本当のあなたなの。

意地悪なことを考えてるあなたも、親切な気持ちになってるあなたも、何もかも面倒くさい

って思ってるあなたも、全部その時の本当のあなたなの。

人の評価を気にして小さくなってるあなたも、それは本当のあなたなの。


どんな瞬間も、すべて本当のあなたなの。

それを、人の評価を基準にして、本当の自分を探そうとするから、訳が分からなくなって

永遠の旅に出てしまうの。


さっきも言ったけど、人はその人の好き勝手にあなたを判断、評価するわ。

それを真に受けて自分を探そうとしても、永遠見つからない。


鏡がなくて、自分の顔や容姿がわからなくても自分は自分でだからいい・・って思うのと

同じで、本当の自分がわからなくても、それはそれで瞬間瞬間が本当の自分なんだって

思えるようになる。


そうなると、自分のすべてを認め、愛することが出来るようになるわ。

人の意見は意見で、それは自分を判断する基準にはならないってことがわかるから。

自分を知っているのは、自分だけだってことがわかるようになるから、人の意見に

こころをかき乱されることもなくなり、平和な気持ちでいられるようになるの。


自分の中が平和になると、見ている世界も平和になるわ。



何だか話があっちこっちに行っちゃったけど、結局、

あなたはそのままのあなたでいいのよ・・

ってことが言いたかったのよ(笑)


あなた達をこころから愛してるわ~~」


ありがとう さくさやん!

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^

(ここまで)


そうですね。

なら、鏡を見ないようにすればいいだけのこと(笑)。


私はほとんど鏡を見ることがないですね。

なぜなら、我が家には目に見えるところに鏡があるのは玄関の入り口だけです。

それも端っこについているので出入りするときにはほとんど見ません。

たまに銭湯に行ったときに見るか、手元にしまってある鏡を取り出してみるくらいです。

だから、あまり鏡を見ることがないのですが、そもそもが自分の顔に興味がない??

若い時はそれこそ毎日のように鏡を見ては自分の顔の良しあしをああでもないこうでもない

と思い、ヘアースタイルを気にし、顔のニキビを気にし、果ては鼻の形がよくないとブツブツ

言っては眺めてました(笑)。

だから、自分の容姿が以前ほど気にならなくなるとどうでもいいことのように思えてきます。

人が聞いたら、それこそ「あんたバカじゃないの!」と言われそうですね(笑)。



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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:思考(選択)が主で、現実は従・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:思考(選択)が主で、現実は従・・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!




あなたが見ている現実(ホログラム)が気に入らなければ

あなたの好きな現実に変えることも出来る・・・らしい(笑)



では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。






「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

私たちはよく・・感謝して受け入れてください・・と言います。

しかしこれは、我慢してください・・という意味ではありません。


あなたに起きたことは 

すべてあなたが創造していることですので

なにかあなたに不都合なことが起きても、

誰かがあなたに我慢を強いて来ても(コントロールしようとしても) 

それをあなたが作り上げた現実なのだから ありがたく受け入れて

そのままでいてください・・と言っているのではありません。

それでは、何が起きても我慢してください

ということになってしまいます。

これは、微妙なニュアンスを言葉で説明するのは

とても難しいことですので、出来る限り 

感覚で理解していただきたいと思います。

すべての現実(ホログラム)をあなたが創造しているのは真実です。

ですから、今あなたが見ている現実(ホログラム)が気に入らなければ

あなたの好きな現実に変えることも出来るのです。


でも、あなたは受け入れてください・・という言葉によって 

あなたの気に入らない現実までも 

受け入れなければいけないと思ってしまい

我慢をしてしまう傾向にあります。

あなたの選択の結果があなたの現実

(ホログラム)となっているのですから

イヤだと思ったその時点で 

他の選択をすればいいだけのことです。

目の前に出て来た現実を我慢して受け入れ 

そのホログラムを見続ける必要はないのです。

受け入れてください・・というのは 

我慢してくださいと言っているのではありません。

受け入れてください・・というのは 

あなたが創りだした現実だということを

認識してください・・ということです。

その認識が出来れば、あなたの現実を受け入れ 

そして気に入る現実に変えることが出来るのです。


感謝して受け入れる・・この認識が違ってくると 

あなた以外の存在のコントロールをも 

受け入れてしまうことになってしまいます。

今のあなたがコントロールを感じているのならば、

それはあなたが今まで

そのコントロールを受け入れることを許していたからです。

そのコントロールを感謝して 

受け入れる必要はないことはわかりますね。

違うと思ったら、あなたがそのコントロールを

受け入れることをやめれば済むことです。

それを私が創りだしたホログラムだから 

それを受け入れ、この自分にとって不都合な現実は 

何かの学びのためだから・・と我慢して 

そこにいることはないということです。

我慢するところから 学び?はありません。


受け入れる・・と言うのは 

あなたが自分で今のあなたの現実(ホログラム)を

創りだしたのだということを認めるということです。

自分が創りだした現実を感謝して受け入れる(我慢する)

ということではありません。

とても言葉にすると微妙な違いに思いますが 

エネルギー場においては、とても大きな違いになってきます。

主体が変わって来るからです。

前者の受け入れるになると 

現実が主で、あなたが従の立場になってしまいます。

そうなると、あなたは自分の現実(ホログラム)は 

自分ではどうしようもない物だ、という考えになってしまいます。

そうではなく、あなたの思考(選択)が主で現実が従なのです。

ですから、あなたの思考(選択)いかんによって

現実はどうとでもなるのです。


理解していただけましたでしょうか?

あなたは、まだ思考のエネルギーを感覚で理解することが難しく

そのために、まだうまくあなたの思考のエネルギーを

制御することが出来ないだけなのです。

少しづつ感覚を研ぎ澄まし 

思考のエネルギーの使い方に慣れていってください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!


(ここまで)



嫌なことがあっても、それは自分が創り出したものだから仕方がないとあきらめてはいけない

ということですね。

現実は自分が創り出したものならば、嫌なら別のものに変えればいいだけのことです。



目の前にケーキとリンゴがあって、私はケーキを食べたいと思ったのに、傍にいる弟に

ケーキを食べられてしまった。と言う場合・・・・。

そのケーキを食べることは出来ませんが、新しく買ってくればいいだけのことです。

そこで食べられてしまったからとあきらめるのではなく、自分がケーキを食べるという

現実を創ればいいだけのことですね。

ところが、多くは食べられてしまった弟を疎ましく思いながら、もうないと思うのが普通で、

別のケーキを用意したり弟に買いに行かせたりと言うことをしないからいけないのです。

そういう発想の転換を求めているのです。


簡単に言えばそういうことでしょうね。










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