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今年の夏はまだまだ暑い日が続きそうです。こんなネコちゃんになりたい! [おまけ]

絶対に人が真似してはダメですよ!

Youtubeにアップしようなんてもってのほかです(笑)。





ホントに気持ちよさそうなネコちゃんです。扉をスライドさせても微動だにせず!


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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:あなたの周りにはたくさんのあなたがいます」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:あなたの周りにはたくさんのあなたがいます」


(ここから)

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

あなたのまわりには、たくさんのあなたがいます・・・

たくさんのあなた・・です。

それはどういうことかとご説明しますと、いろんな次元のあなた・・といえば

分かりやすいでしょうか?


時々アシュタールは、3次元や5次元を体験してから、いまの11次元にいるのですか?

というご質問を受けますが、それはありません。


あなた達は、学校のように段階を踏んで行くと思っているようですが(一年生から2年生を

へて3年生になるように)、段階を踏むことは必要ないのです。

その考え方をしてしまうと、3次元より5次元の方が上?偉い?ということになって、

だから、一生懸命5次元やそれより上の次元に行かなければいけない・・という発想に

なってしまいます。

上に行くほど高貴な存在になれる・・とも思ってしまいます。

上?次元が高い?方が素晴らしい人(神に近い存在?)などという変な考え方になってしまい、

下?次元が低い?波動が重い?存在は、悪い?というような差別的な?考えになって

しまう危険があります。


いつも言いますが、次元に良い悪いはありません。

次元に正義などという概念は無いのです。

闇や光などということもありません。


最初の話に戻りますが・・あなたのまわりにはたくさんのあなたが居ます。

3次元のあなたもいれば、5次元のあなたも、7次元のあなたも、11次元のあなたも

一緒に存在しているのです。

全部があなたです。

3次元のあなたが悪いあなたで、11次元のあなたが高貴で素晴らしいあなた・・

そんな考え方はナンセンスなのはわかりますね。


ただ、どの次元にあなたの意識がフォーカスしているか・・それだけなのです。

いまの私(アシュタール)は、ただ11次元というところを体験してみたかった・・

だから、そこにフォーカスしている・・それだけなのです。


高貴な?素晴らしい?から、11次元にいるのではありません。

3次元で何かを学び成長し、5次元に移行してそれよりももっといろいろ学び、魂?が

成長し、そしてやっと6次元に移行して・・というように、成長?するから次元が

上がって行くのではないのです。

段階を踏んで、成長していった結果が11次元?高次元?ではないのです。

3次元を体験している人より、5次元や6次元を体験している人の方が上?偉い?高貴?

成長している?ということではありません。

ここを間違えないでいただきたいと思います。


あなたがどんな体験をしてみたいか・・・それだけなのです。

次元によって体験が変わります。

遊園地で、怖い乗り物を乗っている人やお化け屋敷に入って楽しんでいる人は、ゆったりと

園内をお花を見ながら散策している人より下?劣っている?人間が出来ていない?・・

などとは思いませんね。

ただ、何に乗りたいか?どんなものを見たいか?という嗜好の違いにすぎませんね。

それと同じです。


怖い体験をしたい人もいるのです。

怖いことはイヤだと思う人もいるのです。

刺激的なことが好きな人もいれば、なるべく刺激的なことは避けたいと思う人もいるのです。

それはただの嗜好の違いです。


次元も同じことです。

どの経験がしたいか・・絶対無限の存在の情報の海の中で決めます。

たとえば、今回は6次元の経験をしたいと思って6次元にフォーカスする人もいれば、

3次元がいいと思って3次元にフォーカスする人もいるのです。

前に(前は無いのですが、たとえば)5次元の体験したから、今度は11次元を体験します・・

ということもあるわけです。



いまあなたが体験している現実は、あなたの意識がそこにフォーカスしたからです。

意識がフォーカスしていないところにも、あなたは存在しているのです。

いまは波動の使い方をあまり思い出せないのでまだ無理なのですが、波動エネルギーのことが

分かって、使いこなすことが出来れば、瞬時に違う次元にフォーカスを移すことも可能だと

いうことです。


ならば、アシュタールも瞬時にこの3次元領域にフォーカスすることが出来るのですか?

身体という物質をまとって、いま私の目の前に現れることが出来るのですか?

・・というご質問もありますが、もちろんそうしようと思えば出来ないことはありません。

ではどうしてしないのですか?・・というご質問には、ただしたくないから、私がそれを望んで

いないから・・としかお答え出来ないことを理解していただければと思います。


私は、いま3次元領域や5次元領域にフォーカスしようとは思いません。

いま11次元領域で体験したいからです。

3次元や5次元が悪いところだから、重いところだからイヤだということではなく、

3次元や5次元ではなく、11次元の体験をしたい・・それだけのことです。


すべては同じ、絶対無限の存在の一部です。

そして、あなたはいろんな次元にいるのです。

絶対無限の存在とリンクしているのです。

ただ、いまのあなたの意識が、いまのあなたにフォーカスしているだけのことです。


今日は、わかったような、わからないような、話しになりましたが、こんな話もあるのね・・

という程度でいいです。

あなたのエネルギー場では理解出来ていますので安心してください。

ただマインドで理解しにくいだけです。


マインドで理解していただきたいのは、次元が高い?から上だとか高貴な存在だとか、次元が

低い?(高いも低いもないのですが)から下だとか劣ってるとかダメだとか、いう判断を

しないでください・・ということです。


ここを理解出来ないと、善悪、優劣の発想になってしまい、波動エネルギーについて

誤解が生じ、上手く使えなくなってしまいます。

波動エネルギーを使いこなす”波動使い”になるためには、善悪、上下、優劣の判断を

手放してくださいね。



あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう アシュタール! 感謝します。

(ここまで)


自分のほかにたくさんの自分がいるという考え方は難しいかもしれないが、次元と言うのは

ひとつではなく、また同じ次元の中にもタイムラインが無数に存在することからあり得る話だと

考えるべきでしょう。

今自分がこの3次元の地球の今の時代に居るということはとりもなおさず自分が選択した

結果ではあるが、意識はそこにしかないので今の自分しか認識できないということですね。

だから、他の世界にいる自分の分身は別の意識を持って生活していると考えるべきでしょう。

つまり、自分であって自分ではない意識を持ち別の体験をしている別の自分がいるということです。

しかし、その別の自分も今の自分も元のソースに戻ればひとつの意識体として経験を共有し

融合することになるので、最終的には自分と同じと言うことになります。


しかしながら、11次元のアシュタールと3次元(5次元に近い)の私たちは同じ存在でありそこには

優劣はなく、まして階級的な差もないということですね。このあたりがなかなか3次元で生活して

いる私たちにはなじみにくい概念かもしれません。

これまでいた3次元は制限された環境を体験することが目的だったので、様々な差別や階級が

あり、その中で束縛されるというのがどのようなものかを体験したかったからでしょう。

それでも、最後には楽しむということが目的だったということを見出し、新たな世界へと移行

しようとしているのが今の私たちです。


何度か今回のアシュタールのメッセージを繰り返し読むことでその真意をくみ取るようにする

ことが必要ですね。



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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:セルフイメージ・・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:セルフイメージ・・・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!



あなたは 存在しているだけで素晴らしい・・・らしい(笑)


では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。




「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

あなたは宇宙に一人だけしかいない素晴らしい個性なのです。

誰と比べることもいりません・・

あなたはあなたが存在しているだけで素晴らしいのです。

そのことを思い出してください。

あなたのセルフイメージを本来のものに戻してください。

あなたのセルフイメージは低すぎます・・

何度も言いますが 

あなたは宇宙に一人しかいない素晴らしい存在なのです。


あなたがそれを思いだし 

あなた自身のセルフイメージを正当なものに戻せば 

あなたは自分がとても好きになり愛おしくなり 

大切に思えることができます。

あなたがあなたを愛し大切にすることが出来れば 

まわりの人たちを愛し大切にすることが出来ます。

あなたが自分を評価することを止めれば

(自分のすべてを受け入れ、それで良しと思うことが出来れば)

人を評価することもなくなります。

人を評価することが無くなれば、人と自分を比べることもしなくなります

(人と自分を比べることの無意味さがわかってきます)


人にいい意味で興味が無くなります。

人に干渉することがつまらなくなります。

あなたが人に干渉することを止めれば 

人から干渉されることもなくなり

あなたは好きなことを自由に出来るようになり 

とても楽しくいられるようになります。


そして、自分を大切にすることが出来れば自立することが出来ます。

誰に依存する必要もなくなりますので 

依存先が無くなったらどうしようと思う恐れもなくなり 自由になれます。

自立した人たちが集まるのが”個の時代”です。


まずは、あなたのあなた自身に対するイメージを

正当なものに戻してください。

あなたは存在しているだけで素晴らしいのです。

誰が何と言おうとあなたは素晴らしい存在なのです。

これだけは忘れないようにしてくださいね。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう アシュタール!


(ここまで)



人は人、自分は自分と思えるようになると他人の言動や行動、そして他人からの

ひょうかもあまり気にならなくなります。

それはひとのたわごととまでは言いませんが、そんな感じで受け取れるので

自分自身のあり方に執着することも少なくなるように思います。

そして、自分自身と言うものに対する信頼と自信が生まれてきます。

また、すべて一人で何もかも完璧(世の中で言われる完璧さ)に出来るものではないし

それはあり得ないことだと納得できれば他人との差も気にならなくなります。

容姿も鏡を見なければいいだけです(笑9.

ただ、他人を見てあの人はきれいとかハンサムとかというのは残りますが・・・。


したがって、これ以上、あれ以下という気持ちが減り、執着心はなくなりますが

自分自身の技能を向上させるとか良いものを目指すという部分は残るだろうと

思います。なぜなら、それもまた必要な部分だからです。


人は生まれながらにして平等というのは存在価値に於いてであり、その人の容姿

環境、技能、性格、地位、立場などがすべてそうだというのではないということは

ありますので、学校教育現場にあるような平等と言うのもあり得ないし求めること自体が

無理な話だと思います。しかし、それすら、自分本来の素晴らしさを思い出せれば

気にならなくなるものだということですね。

なぜなら、私たちの存在価値はそれを超えたところに在るからです。




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世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:苦労しちゃダメなのよ・・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:苦労しちゃダメなのよ・・・・」



(ここから)

私の大好きな山P(山下智久さん)が出演している月9ドラマ『コード・ブルー

~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』の5話で、

山P演じる藍沢の結婚観を語る場面があったそうです^0^

その結婚観に視聴者からツッコミが殺到してるんですって・・


まぁ、前後のセリフや設定は思いっきりすっ飛ばして、その話題の藍沢の

セリフだけをお知らせいたしますと・・・


「そもそも幸せってなんだ。俺にはよく分からない」

「人は幸せになるために結婚するんじゃない。

つらい毎日を二人で乗り越えていくために結婚するんだ」


です^0^

(詳しくは、コードブルー、山Pの「結婚観セリフ」にツッコミ殺到!でどうぞ)


ちなみにこれは、悩んでいる同僚に対する励ましの言葉らしいです^^

大好きな山Pが言うと・・フムフム、さすが山Pカッコいい、

良いこと言うよねぇ~~って、山Pのカッコいい雰囲気だけで変に

納得しちゃう私がいますが・・・

冷静に考えると、「ちょ、待てよ(キムタク風に)」になりましたです。(苦笑)


幸せになるために結婚するんじゃない・・って、あなた。

もちろん、私は大人ですからぁ~、そのセリフの言わんとしている深い意味は

読み取れますよぉ~~・・でもねぇ~~、ちょっとねぇ~~、もうちょっと

言いようがあるんじゃないかと思いました^^


こんなセリフ聞いたら、いまから結婚したい、パートナーが欲しいと思ってる

みなさまが夢?をなくしちゃいますよねぇ~~(苦笑)



ではでは、今日はさくやさんからのメッセージをお伝えしますね^^

「ねぇ、あなた達・・・辛いほうが価値がある、な~~ンって思ってない???

辛いほうが、苦労する方が、頑張る方が・・価値がある?成長する?学びがある?

な~~ンって思ってない?


そんなのまったくのナンセンスよ。

辛い経験を分かち合って乗り越えた人たちの方が、楽しくわくわくしながら暮らして

いる人たちより絆?が深い、とかなんとか・・・・

それは、宗教的な概念よね。

宗教では、辛いことはあなたの魂?を磨くことが出来る、成長することが出来る・・

現世で辛いことも文句も言わずやり遂げることで、来世では幸せな世界(天国?

極楽?)に行けるのだからいまは辛いことに耐え抜きましょう・・

などと言って、辛いことをさせようとするの,我慢させようとするの。


何故?

それを信じる人は、自ら進んで喜んで辛いことをしてくれるから・・

辛いことって・・搾取に耐える、重いエネルギーを放出する・・ことだから。

それで誰が得をするの?・・そうよね、お金や重いエネルギーを搾取している

支配層の人たち。


苦労はしちゃダメなのよ。

辛い思いは、エネルギー不足になるだけなの。

辛さに耐える、我慢するということは決して美徳じゃないの。


辛さが成長を促す?・・・そんなことはまったく反対のおとぎ話。

波動的に見て、辛いってことは波動が重くなるだけなのよ。



まず、成長って何?。。って話になっちゃうけど・・

成長してどこに行くの? 何になるの?

成長した先(ゴール?目的地?)を教えてもらったことある?

ただ、天国に行けます、極楽に行けます・・楽になれますって言うことだけでしょ。

こういう人が成長し終えた人です・・って言われる人いる?

成長し終えた完全無欠な人いる?・・

キリストやお釈迦さんなどは、あとから支配者たちが勝手に都合よく作った

まったくの幻の人物像だからね。

キリストも、お釈迦さんも、他の聖人といわれる人も、あなた達が思ってるような

人じゃないから。

ある意味、あなた達と何も変わらない、ただの?人よ。

成長しなさい・・って言う人がいたら、まず終着点?ゴールを聞いてみて。

誰も答えることは出来ないんだから。

そんな誰も知らない?答えることが出来ない?ものを目指しても迷子になるだけよね。

砂漠の蜃気楼を追ってカラカラに乾いていくだけよね。


話は変わって、結婚の話になるけどね(そもそも結婚制度がもうナンセンスなもの

なんだけど、その話は置いといて・・)、結婚というのは、神さま?がわざわざ

合わない人同士を選んでる・・って話聞いたことないかしら?

お互い合わない同士を結婚させ、そこで起きるトラブルなどによって二人の

魂を磨き合う・・とか何とか言ってない?

だから、結婚は我慢するほどいい・・的な?


私から言わせれば、”冗談言ってるじゃないわよ”・・ってこと。


そんな結婚ならすぐに解消したほうがいいわよ。

そんなの何のためにもならないんだから。

魂を磨き合う??・・・まったく反対ね。

それは、削り合ってるだけ・・お互いエネルギー場で刺しあい、痛め合ってるだけ。

そんなところに”愛”なんて育つわけないでしょ。


なんのためにパートナーになるの?

幸せになりたいからでしょ。

楽しく暮らしたいからでしょ。

それなのに、毎日痛い思いをして削り合ってどうするの?

まずます相手がイヤになる、嫌いになるだけじゃない。

ますます”愛”から遠ざかるだけじゃないの?


”愛”から遠ざかっていく成長ってなに??

意味が分からないわよ、まったく。


結婚?パートナーとの関係?は、幸せになるためなの。

楽しく暮らすためなの。

そこに宗教的な概念、成長、魂の向上、などいらない。


なにかトラブルが起きたとしても、一緒にこのトラブルをどうしようか?・・

と考えることを楽しめる・・トラブルも逆に楽しいと思えるならステキよね。

そんな関係を築ければ、何が起きても大丈夫よね。


たとえば、重たい荷物を持つのに、深刻になって、重いけどこれを持つことで

魂が成長出来るんだぁ~~って暗~い顔して持つより、

二人でこの重い荷物をどうやって軽くするか?どうやったらちょっとでも楽に

持つことが出来るか?をゲーム感覚でアイディアを出し合って楽しむほうが、

いいと思うんだけどね。

その方が気分的にも軽くなるしね・・気分は大事なのよ。


その方が、二人の関係も気持ちいいものになると思うのよ。

深刻になる必要はないの。

楽しんでいれば、現実は楽しい方向へ進むんだから・・


幸せってね・・ご機嫌さんでいるってことなのよ。

毎日 笑ってられるってこと。

(ゲラゲラ笑うってことじゃないわよ・・いつもそんなハイテンションで

笑ってたら疲れるだけだからね(笑)

パートナーと、どうやったら二人でご機嫌さんでいられるかを考えてね。

そしたら、気が付いたら・・あ~、幸せだわ~~って言ってるから。

我慢はいらない・・努力もいらない・・苦労もいらない・・修行もいらない・・

とにかくご機嫌さんでいてちょうだいね。


あなた達をこころから愛してるわ~~」


ありがとう さくやさん!

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^

(ここまで)

タイトルは「苦労しちゃダメなのよ」ですが、中には「苦労しなくちゃダメなのよ」と

思わず読んでしまった人もいたのではないでしょうか(笑)。

それだけ常識の浸透度が激しいということですね。

「結婚は人生の墓場」という名言が闊歩していたのはずいぶん前のような気がしますが

最近はこうした言葉はあまり聞かなくなりましたね。でも、中には夫婦げんかが絶えない

夫婦には当てはまる言葉かもです。

「苦楽を共にする」というのも似たようなものですが、苦労がついて回るけど楽しい結婚

生活と言うものでしょうね。ただ、結婚生活はいつも楽しいことだらけと言うわけにも行き

ませんので、こちらの方が山Pの「人は幸せになるために結婚するんじゃない。

つらい毎日を二人で乗り越えていくために結婚するんだ」と言う言葉より現実味はありそうな

気がします。

それでも、その苦労の中にさくやさんが語るように

二人でこの重い荷物をどうやって軽くするか?どうやったらちょっとでも楽に

持つことが出来るか?をゲーム感覚でアイディアを出し合って楽しむほうが、

いいと思うんだけどね。

と言うことの方がはるかに現実的な楽しさをもたらすヒントがあるように思います。

多くの人はそんなことなんか考えませんね。嫌なことがあったりすると、どうしたらこの人を

こらしめられるか、なんて考えている世の奥様もいるかもしれません(笑)。

でも、その苦労とも言える困難を何とか二人で超えようと互いにアイデアを提案できる夫婦

なら、これほど素晴らしいものはないと思いますね。


もっともドラマの内容に変化があったのは脚本家が変わったからだろうと思います。なにせ、

脚本には脚本家の思想がそのまま出ますからね。そういう冷めた目で見るのもいいかもしれ

ないですね。



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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:ピラミッド社会は下から崩れていく・・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:ピラミッド社会は下から崩れていく・・・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!




 現実での仕事、お金、生活に対する概念、考え方が

                急速に変化し始めている・・・らしい(笑)




では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。






「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

先日からお話ししているように エネルギー場で起きたことが 

現実のホログラムに反映されてきているのです。

エネルギー場でのあなた達の もうイヤだ、もうたくさんだ、

いい加減にしてほしい・・という思いが 現実となってきているのです。


そして 現実での仕事、お金、生活に対する概念、

考え方が急速に変化し始めています。

お金を手にするためには イヤなことも我慢して 自分の時間を削り 

身体もすり減らし 仕事をするのが当たり前だと思っていた人々が 

本当にそうなのか?・・と疑問を持ち始めたのです。

この生き方が 本当に幸せになれる生き方なのか?

と気が付き始めたのです。


これまで 刷り込まれてきた経済の成長が幸せにしてくれる・・

という考え方を見直し 止めようと思う人たちが増えてきたのです。

今いる ピラミッド社会に対して もうたくさんだ、

もうイヤだと 声を上げ始めたのです。

それも 団体になって結束して抗議するという方法ではなく、

個人個人がそれぞれの考え、思いから 

バラバラに行動し始めたのです。

これは 本当に素晴らしいことです。


あなた達を 今まで長い間 支配、コントロールして来た存在たちは 

これを 一番恐れていたのです。

あなた達が その存在たちが作り上げて来たピラミッドから

出ていきはじめたら ピラミッドは下から崩れていきますので 

彼らは何もできなくなってしまうのです。

後は 自然にピラミッドが崩れていくのを待っているだけです。


今は 一部の職業だけの問題のように見えますが 

変化は他のところにも どんどん現れてきています。

少し そういう目で周りを見回してください・・

変化が きっとわかると思います。


仕事の仕方、お金に対する考え方が変わっていけば 

生活のあらゆるところで変化が起きてきます。

自分の好きなことを仕事にして 

自分を大切にする生活を始めれば 

おのずと教育システムも変わってきますね・・

今までのように 良い小学校、中学、高校 大学 

そして 大手の企業などというレールも魅力のないものとなり 

誰もそのレールに乗ろうとは思わなくなります。

そして 個性を大切にする方向へと変わり始めるので 

子供たちは自由にのびのびと 好きなことをはじめます・・

その個性的な子供たちが 個性を発揮できる

新しい社会をどんどん進めていくのです。

こうなると もう ピラミッドは成立しなくなります。

自然に 気が付かないうちになくなって行きます。


次の社会は 縦型の命令系統のピラミッドではなく 

横並びの”個”の時代になります。


エネルギー場では すでにその世界は出来ています。

そして それが現実として 

ホログラムに反映され始めてきているのです。


これから まだ今までの考え方の方へ

揺れるような気がすることもあるかもしれませんが、

大丈夫です・・信じて 待っていてください・・

あなたの楽しいこと、やりたいことをして 待っていてください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう アシュタール!

(ここまで)

先日見つけた記事の中にこのようなのがありました。
「上司」たる者、「部下」より偉いわけではない、肩書を巡る"勘違い"が会社をダメにする

これは東洋経済オンラインという経済界では有名な経済雑誌の記事です。こうした経済界の

オピニオンリーダーとも言える会社がこのような内容の記事を書くことには驚きましたが

やはり少しづつトレンドの変化が始まっているのだと改めて感じさせられました。

その一部を引用すると

(ここから)

肩書は上下関係を示すものではない

肩書とは、あくまでも“役割分担”を示すものです。部長は部長としての役割があるし、課長には課長としての役割がある。一般社員が課長の役割を果たそうとすることは無理ですし、また果たす必要もありません。それぞれが自分に与えられた役割をきっちり果たしてこそ、組織は円滑に運営されるのです。

それでは、肩書がついた人間の役割とは何か。その第1は「ポジションに見合った仕事をすること」です。これは当たり前のことでしょう。部長であるならば、まずその部の成果を伸ばすように努力する必要があります。部下の提案を受け止め、ときに部下を励ましながら、部下の心を糾合しつつ、的確に意思決定をしなければなりません。

素早く決断する、責任を取る、トラブルを迅速に処理する、部下の成長を心掛ける、部下を育成していく――。このような役割を果たさなければ、その人に、1つの部署を任すことは難しいと思います。

(ここまで)

まだ、アシュタールやさくやさんの語るような横並びの考えではないにしても、上司の関係を

これまでの権力を中心としたピラミッド構造ではなく、役割として認識し直す炉言う意味では

大変大きな意義があるものだと思います。


これは一例に過ぎませんが、これからこうした既存の常識にとらわれない新しい考え方が出て

くるだろうと思います。




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エコカーは本当にエコか?武田邦彦 [社会・経済]

Youtubeで見つけましたが、なかなか正論だと思います。

それにエコカー制度の欺瞞がどこにあるかよくわかります。

参考までに。10分少々とちょっとだけ長いですのでお暇な方はどうぞ。







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世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:後先考えずに、とにかくやる!(笑)」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:後先考えずに、とにかくやる!(笑)」


(ここから)

ちょっと?かなり?やりたいことがあるんですよ・・私^^;

でもね、冷静に(マインド的に)考えてみて状況的に難しい・・と思う・・

あ~~、でもやりたい・・でも、難しい??・・あ~~、でもでも、やりたい、

どうしたら出来るんだろう?・・って思ってたら、

さくやさんからメッセージが来ましたのでお伝えしますね^^


「あんなことやりたい、こんなことしたい・・って思うでしょ。

ならその気持ちに素直になればいいのよ・・だって、したいんでしょ。

だってやりたいんだもん!・・・理由はそれだけでいいの。

ぐちゃぐちゃマインドで考えるから、難しいなんて思うのよ。


そしてね、実際にそれをしてる人いるんでしょ?

なら、出来るよね。


でも、あの人だから出来るのよ・・あの人は特別な環境にいるから・・私の持ってない

能力を持ってるから・・だから、私には無理よねぇ~~って思ってあきらめるから

出来ないのよ。


わかる?

実際にやってる人がいる・・っていうことは、誰にでも出来るってことなのよ。

人にはね、能力の差なんてないの。

みんな同じ力を持ってるし、能力なんてそんなに変わらないんだから。


やる気があるかないか・・それだけのことなのよ。

そしてね、もうすでにやってる人がいるっていうことは、すごくラッキーなことなのよ。

だって、その人にやり方を教えてもらえるんだから。

そうでしょ?


実際にやってる人に、その方法を教えてもらって、その人と同じやり方をすれば出来る

ってことよね。

真似をすればいいの・・簡単でしょ。

真似をするって悪いことじゃないのよ。

最初はすべて真似をすることからはじまるんだから。

先ずは、実際にやってる人の真似をしてみるの。

そして、何となくでいいから出来るようになって来たら、今度はそこに自分の考え?

アイディアを入れていくの。

そしたら、それはもう真似ではなく、あなたのオリジナルになるから。


そうやって進化させていけば、あなただけのものになって行くわ。

ただの真似だけで留めっちゃったら、それはいつまでたってもあなたの物にはならない。

そして、つまらないもの?こと?しか出来なくなるわ。


でも、そこにあなたの色?アイディア?を加えることで、真似ではないオリジナルに

進化するのよ。


あなたがやりたいと思ってることを、もう実際にやってる人がいる・・ということは、

あなたにも絶対に出来るということなのよ。


そして、もしあなたがやりたいことと同じことをやってる人がいないとしても、

同じようなことをしている人は必ずいるはず。

そしたら、同じようなことをしている人に、どうやってやっているかを教えてもらえばいいの。

そこから、本当に自分がやりたいことをするにはどうしたらいいか?のヒントを見つける

ことが出来るから。

そして、そのヒントを使って自分でやりたいことのやり方をつくりあげていけばいい

のよね。



やりたいって思うってことは、好きだってことよね。

ならば、それについて考えることも楽しいことよね。

どうやってやろうかな? こうしてみようかな?・・って楽しんでいるうちに気がついたら

自分のオリジナルの方法で出来るようになってるわ。


とにかく、やりたいことがあったら、まず・・・自分は出来る・・と思うこと。

そこからすべてははじまるのよ。

出来ない、能力がない・・なんて思ったら、そこでお終い。

な~~ンにも出来なくなる。


そして、実際にやってる人を探すの。

探して、やり方を教えてもらうの。

やり方を教えてもらったら、とりあえず最初は素直に教えてもらったことを真似する。

真似することに慣れて来たら、今度は自分だったらどうする?って考えるの。

こうやって教えてもらったけど、自分はこちらの方がやりやすい、とか、こうしたらどうだろう・・

っていうアイディアが湧いて来たら、それを実際にやってみる。

実際にやってみることで、あなただけのオリジナルが出来るのよ。

そうしたら、それはもう教えてもらった人の真似ではなく、あなたのもの。


人間の能力なんて、変わらない。

出来る人と、出来ない人の差は・・出来ると思うか、出来ないとあきらめるかの差だけなの。

出来ると思う人は、出来る。

出来ないと思う人は、出来ない。

出来ないと思う人は、出来てる人からどんなに素晴らしい方法を教えてもらっても出来ない。

とてもシンプルなのよ。


思考が先、現実があと。

難しいと思ったら、難しいと思う現実を創造してしまうわ。


やりたことがあるなら、私には出来るし、それは簡単なこと・・って思えばいいの。

だって実際簡単なんだもの。


あなたは、やりたいことをするためにテラ(地球)に転生して来たのよ。

それなら、やりたいことはどんどんやらなきゃ、何のために転生したのかわからないじゃない。

後先考えずに、とにかくやる・・・(笑)

出来ると思えば何でもできるんだから・・・



あなた達をこころから愛してるわ~~」


ありがとう さくやさん! 

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^

(ここまで)



やるならすぐにですね。

思い立ったらそのときがチャンスということです。

でもね~。マインドがなになにがないからダメとか、時間がないとか、場所が遠いとか

いろんな文句をつけてくるからそこで踏みとどまり、結局後でやっとけばよかった~。

なんてことも多いはず。

もうこれは、思い立ったらすぐに何も考えずにまずはトライするという習慣づけをする

事がよさそうです。そうすればマインドが黙ってててくれます(笑)。



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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:あなたは多次元的存在・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:あなたは多次元的存在・・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!




今回は、物質の身体も波動を軽くして5次元領域に移行する・・・

           という珍しい体験をしようとしている・・・らしい(笑)




では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。






「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

あなたは 多次元的存在なのです。

今 あなた(のマインド?)が 3次元的領域にフォーカスしているので

3次元的領域の現実を見ているだけなのです。


例えて言うならば(まぁ、多少の無理はありますが(笑)・・)

ロシアのマトリョーシカのようなものだと思ってください。

人形の中に 小さい同じ人形が入ってて 

それを開けると また同じ顔の小さい人形が入っている・・というものです。

あなたも同じです・・ただ 人形のように

しっかりと境界線があるのではなく、

なんとなくブワーッとグラデーションのように

広がっていく感じでしょうか。


ですから 3次元的領域のあなたの周りには 

5次元的領域のエネルギーがあり

その上には、6次元的領域のエネルギーが巻いている・・と言えば

なんとなくでもイメージ出来るでしょうか?

今のあなたは すでに5次元的領域のエネルギー場に

意識は広がっているのですが、

(すでに5次元的領域にいる)あなたが

まだ3次元的領域にフォーカスしてるために

3次元的領域の現実を体験しているだけだということです。


しかし意識はすでに広がっていますので

3次元的領域にフォーカスしながらも

そこに意識が小さく固まっていませんので

(意識のエネルギーが収縮する事で 物質を現実化することが出来る

ということです。意識が広がると 固体、物質が緩くなっていくのです)

広がっている意識で3次元領域を見ていると 

何かしら違和感を感じることが多くなってきているのです。


時々クラッとしたり、現実感がなくなったり、乖離感を感じたり 

身体の感覚がおかしくなったり・・いろいろな症状が出ることがあります。

それは、その時 5次元的領域の意識の方に

フォーカスが移行するからなのです。

5次元的領域は、広い意識ですから 

その意識で3次元的領域に合わせると違和感が起きてくるのです。

言うなればホログラムが揺れる?

ホログラムを見ているメガネが外れる?感じですか・・

今のあなたは このように3次元領域と5次元領域のはざまを

行き来してることが増えてきています。

こうして 少しずつ5次元領域の波動に合わせることが多くなって 

少しずつ確信と共に移行していくのです。


今までのテラでの移行は、身体(3次元的領域の物質)から出て 

エネルギー体として 5次元領域に波動を合わせ 

そこの領域に移行していましたが・・・

今回は、物質的な身体の中にエネルギーを入れながら 

5次元領域に波動を合わせる・・

物質の身体も波動を軽くして5次元領域に移行する・・・

という珍しい体験をしようとしているのです。


このように次元とは場所ではないと言うことです。

あなたそのものが多次元なのです。

あなたがどこに意識を持っていくかで 

あなたの次元が決まってくるのです。

だから5次元的領域のあなたにフォーカスを移したい・・

意識を広げたいと思うのであれば 

3次元的領域の考え方、物の見方を

5次元領域のそれに変えれば 良いだけのことなのです。

それには、私は5次元領域の波動と共振します・・

と決めればいいのです。


テラ(地球)は、すでに5次元領域に意識を広げています。

そして、あなたもテラと共に意識を広げているのです。

後はあなたがどこにフォーカスするか・・ということだけです。

これはマインドでは理解できないと思いますので 

感覚でイメージしてみてください・・

あなたの感覚(ハート)は知っています。


5次元領域の波動は 3次元領域の波動よりも

速く振動し軽いエネルギーです。

ですので、あなたの波動エネルギーも

軽いほうへ共振するようにしてください

それには楽しいことをしていればいいということです。


今日の話題は、マインドにはとても難解なものだと思います。

たくさんの疑問がわいてくると思います。

今すべてを理解する必要はありません。

こんな話もあるんですね・・くらいで聞いていただいて大丈夫です(笑)


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


改めて考えてみると、今日のメッセージを読んでいて気付いたのですが、今私たちが体験

している現実はもしかしたらすでに5次元領域にあるのかもしれないということです。

2012年以降、周囲の環境や自分の身体的状況も大きな変化がないので、そのまま3次元

の状況を保持していると思いがちですが、どうもそうではないようです。

現実もすでに5次元に移行していて、身体も5次元領域になりつつあるということです。

ただ、そこには大きな変化はありませんので、これまでの3次元と思いがちですがそうでは

ありません。今私たちが生活している場が5次元領域にあり、テレビで見ている場面が

3次元領域をもっともよく表しています。だから、意外なことかもしれませんが、次第にテレビの

映りが悪くなり、そのうち画面に3次元の現実が何も映らなくなるかもしれません。

そのときには完全に5次元に移行したと言えるでしょう。ただ、それでも無理やり合わせれば

テレビは映るかもしれませんが、5次元に完全に移行した時には3次元のことすら忘れて

思い出すこともなくなるかもしれませんね。ただ今は移行期なので両方を見ることが出来て

いるのではないかと思いました。

それと、あつしさんが毎日作っていただいているアシュタールの動画メッセージの画面からが

精妙なエネルギーが発せられているようで、それが頭をクリアにさせるようです。これは個人的

感じですのですべてがそうとは言えませんが、何らかの軽いエネルギーが放射されているのは

間違いないだろうと思います。

だから、メッセージを読むだけでなくその画面を見ることにも意義があります。




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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:守る、保護することが”愛”ではないのです」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:守る、保護することが”愛”ではないのです」



(ここから)

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

”愛”というのは、尊敬と感謝の気持ちです。

そして、人を愛するというのは、その人の個性のエネルギーを尊重するということです。

その人の個性のエネルギーに干渉しないということです。


誰かを守る・・それが”愛”ではないということです。

この”愛”という概念を間違ってしまうと、争いや自己犠牲になってしまうのです。


守る、保護することが”愛”ではないのです。

手をかけることが”愛”ではないのです。


その人の個性のエネルギーを信じ切れること・・それが”愛”なのです。

子どもであっても、パートナーであっても、誰であっても、その人の自由を尊重すること

それが”愛する”ということなのです。


子どもを愛してるならば、親は我慢するものだ・・・それは愛ではなく、自己犠牲です。

自己犠牲からは喜びは得られません・・自己犠牲することで欲求不満になってしまうだけです。

子どものことを保護し、間違った道に行かないように守る・・それは、愛ではありません。

それは、コントロールです。

自分が(親が、まわりの人が)正しいと思うことを、子どもに押し付けているに

過ぎないのです。


子どもを愛するならば、子どもの意志を尊重してください。

でも、そんなことをしたら子どもは好き勝手して、手に負えなくなってしまいます。

そんなに好き勝手にさせたら、社会のルールが守れなくなって困った人になってしまいます。

だから、子どもにはちゃんと社会のルール(常識、倫理感、道徳感など)をしっかりと

教えなければならないのです。

それが子どもを愛することです・・とあなた達の社会では考えられていますが、

子どもに何も教える必要はないのです。


子どもに教えるのは、人を愛することだけで十分です。

人を愛することを知っている子どもは、人に対して困ったことはしません。

ルールを教えなくても、出来るのです。

マナーやルールというものは、人がイヤな思いをしないようにどうすればいいか・・と

いうマニュアルにすぎません。

ただのマニュアルなのに、そのマニュアルに価値があるように思ってしまっているだけです。

マナーやルールの本来の目的を思い出してください。

マナーやルールが主で、人が従ではありません。

人に不快な思いをさせないためにはどうすればいいでしょうか?

それは、相手を尊敬し、尊重し、感謝し、干渉しないことです。

それは、相手を”愛する”ことです。



大人たちが”愛”を知り、”愛”を実践していれば、子どもも”愛”を実践するのです。

子どもは大人の姿を見て、社会のことを覚えて行くのです。

大人が”愛”を実践していないのに、子どもに”愛”を説いてもそれは無理なのです。

ルールだから守りなさいとうるさく言っても聞く耳は持ちません。

分かりますね。



もう一度言いますが、”愛”は尊敬と感謝です。

人(人だけでなく、あらゆる存在すべてに)に対して、尊敬と感謝の気持ちを持つことが

出来れば、何も問題を起こすことはないのです。


子どもだけでなく、大人もそうです。

”愛”の意味を知ることが出来れば、争いなど起きないのです。

戦争など起きるはずがないのです。


お互いの考え方、価値観、習慣を尊重しあうことが出来れば、争いなど起きないのです。

私が何をお伝えしたいのかというと・・保護すること、守ることを”愛”だと思わないで

くださいということです。




”愛”に満たされた社会というのは、誰かを守り保護する社会ではありません。

”愛”に満たされた社会というのは、お互いの個性のエネルギーを尊重し、尊敬し、感謝し、

そして、干渉しないということです。

100人いれば100の考え方があるということを理解し、その人がどんなに自分と考え方

価値観が違っていても、それでいいと思える社会なのです。

(あまりに自分と違うならば、どちらが正しいかなどを言い合うのではなく、ただ住み分け

ればいいだけのことなのです。)

そして、お互いに、お互いの力?能力?を信頼し合える社会なのです。


親子愛、夫婦愛、民族愛、宗教的な神への愛・・そんな狭義の愛のために、争わないでください。

余談になりますが・・戦争はその狭義の愛を刺激して起こされるのです。

あなた達に小さくて狭い”愛”の概念を教え、その”愛”を守るために自分を犠牲にする

ことが素晴らしいことだと教え込み、自分達の利益のために起こした戦争に駆り立てるのです。

誰か大切な人を守るために、自分は犠牲になって戦争に行く・・そんな考え方はナンセンス

だとお伝えしたいのです。



戦争に限らず、普段の生活の中でもそうです。

小さくて狭い概念の”愛”を守るために、自己犠牲をすることが素晴らしい生き方だと教え、

そして、自ら自己犠牲をするようにミスリードするのです。

そうすれば、あなた達は我慢し、そして疲れ果て、そして重いエネルギーを放出してくれる

から支配者たちにとって都合がいいのです。



”愛”は尊敬と感謝です。

その”愛”を実践することが出来れば、人に干渉することがなくなりますので、自分も

誰からも干渉されることがなくなり、お互い自由になれるのです。

お互いの力を信頼しあえることで、コントロールなどする必要がなくなるのです。


あなたの社会、あなたの世界を”愛”で満たしてくださいね。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう アシュタール! 感謝します。

(ここまで)

戦争の大義名分としていつの世でも言われるのは「国を守るため、国を愛するから」という

キャッチフレーズです。これを聞かされると人々は「お国のためならば」と思い始めるようです。

そして、そのカンフル剤として使われるのが他国からの干渉です。

第2次世界大戦はアメリカでは戦争に対する厭世気分が蔓延していたのを真珠湾攻撃と言う

ビッグニュースが人々の愛国心を呼び覚まし、アメリカ国民を戦争賛成と言う流れに変えた

ものです。しかし、その真珠湾攻撃は周到に計画されたものであったことは後世に知ることと

なるのですが、それでも一部の人しか知らない事実です。

戦争で犠牲になるのはいつの世でも国民である一般庶民です。政治を動かし国の動向を

変える権力を持つ人々は絶対に戦争には参加しません。ただ上から見下ろし国民を捨て駒

のように使うだけです。

そうなることがわかっているはずなのに、国全体の流れが変わってしまうとどんどんその方向に

押し流され、気づいてみれば戦争が始まり動員されていたということになるのです。

だから、戦争は国民が望んで起こしているのではなく、為政者が意図的のその方向に誘導して

起こしているものだと知ることです。そこには真実の愛はありません。

そこに愛があれば、尊敬する相手を攻撃することなんかできないでしょうに・・・。







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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:本来、時間と言う概念はない・・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:本来、時間と言う概念はない・・・・・・」



(ここから)

今日の破・常識!




不変だと思われていた時間さえも 

自分の好きなように創造することが出来る・・・らしい(笑)



では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。






「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

時間は、決まったものではありません。

時間は、すべてに共通して流れているのでもありません。

個人個人で違う時間の流れの中にいます。

分かりますか?

時間は、あなた達が使っている

時計の通りには流れてはいない・・ということです。

そして時間は、固い定規のようなものでもありません。

伸び縮みするゴムのようなものです。


時間は、その人その人によって流れ方は違ってくるのです。

その人の中(意識)が忙しければ 

その人にとっては、時間はとても早くすぎて行きます。

その人の中(意識)が変わって、ゆっくりとすれば 

すぐに時間もゆっくりと流れるようになります。


本来、時間という概念はないのです。

時間は、3次元領域の中だけのものです。

そして、3次元領域でも思考はエネルギーですから 

思考によってなんでもできます。

だから思考が急いでいれば、時間も急いだものになります。

ゆっくりとした思考でいれば、時間もゆっくりとなります。


あなた達は、誰にでも時間は平等に

24時間与えられている・・と言いますが、

そうではなく、時間は人によって違ってくるのです。

表面的な時計が刻む時間は変わらないように見えますが 

中がまるで違ってくるのです。

同じ時間でも、イヤなことをしていると、とても長く感じたり、

好きなことを夢中でしていると あっという間に時間が過ぎていく・・

という経験をしたことがあると思います。それと同じことです。

あなたは時間を創造することも出来るのです。

時間をたっぷりと使いたいと思うのであれば 

あなたの中をゆっくりさせてください。

忙しい忙しい・・と思っていると 

本当に時間が短くなって忙しくなります。

次々と次のことを考えずに 今この時していることを

ゆっくりと楽しむと意図すると 時間はゆっくりとしたものになり 

急ぐことなくすべてのことが出来るようになります。


これは、とても感覚的なことですが 

きっとあなたもすぐに理解できるようになります。


時間がない、忙しい・・と思う状況になったら、

一度手を休めて大きく息を繰り返し

あなたの中(心)を静めてゆっくりしよう・・と宣言してください。

そうすれば時間はゆっくりと流れ始めます。


時間の流れを自分の好きなものにすることが出来れば 

気持ちもゆっくりとしてきますので 

あなた自身の感覚を思い出すことが出来ます。

忙しさに忘れてしまっている感覚を

思い出すことが出来れば、あなたが今何感じているか、

今何がしたいのか、どうしたいのか・・

ということが分かってきます。

それが5次元領域に共振する大きなカギになります。


あなたは、今まで絶対に変えることが出来ない

と思っていた不変だと思われていた時間さえも 

自分の好きなように創造することが出来るのです。

あなたの思考は、なんでも創造することができます。

そのことを思い出してください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


アシュタールは何を言いたかったのでしょうか?

私は、皆さんはあまりにも忙しさに追われ時間を浪費しすぎでいて、自分の時間を持つ余裕さえ

ないのではないですか?と言いたかったのだろうと思います。

同じ24時間でも時間の流れる速さはそのひとによって異なっているということです。

例えば、24時間と言う時間をAさんはゆったり過ごしているのでまるで30時間かけて生活している

ように感じているのに、Bさんはあまりの忙しさに24時間が18時間くらいしかないという感覚になって

いるということです。そのため、忙しいと思っている人はその24時間に80個しかお菓子箱を作れ

なかったのに、Aさんのようにゆったり生活している人は100個の菓子箱を作っているという風に

考えてみてもいいだろうと思います。

同じ24時間でも時間の速さは同じではないということです。確かに、時計では24じかんきっちり

経過しますので、その違いに気づかないだけです。


ゆったりと生活するスタイルにすると自分を見つめる時間の余裕が出てきて、ハートからの情報も

受け取りやすくなるだろうと思います。

それが最大のポイントだろうと思います。




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