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世にも不思議な奇妙なフツーの話「さくやさん:明治維新から日本の歴史は大きく変わった 」 [アセンション]

世にも不思議な奇妙なフツーの話「さくやさん:明治維新から日本の歴史は大きく変わった 」




(ここから)

ネットの中では、うっすら噂されていたことが、とうとう表に????

内閣支持率と北ミサイル発射との関係・・・

あ、る、か、も・・・って思ってしまうのは、私だけぇ~~??


では、今日はさくやさんからのメッセージをお伝えしますね^^

「本当の歴史がわかれば、すべてわかって来るわ。

歴史って、その時の権力者にとって都合のいいことしか教えないの。

事実をどの角度からみるかで、歴史は大きく違ってくるわ。


そして、一般的に歴史として残されているものは権力者にとって都合のいいものだってこと。

学校で教えられている歴史は、今の社会の権力者にとって都合よく編纂されているもの。

だから、真実は見えてこない・・いまの社会がどうしてこんなになってしまっているのか?

いくら歴史をひも解いても何も見えてこない。

だって、見えないように教えてるんだから。


歪められた歴史をいくら研究したところで、真実にはたどり着けないのよ。

いままでの歴史を見ればわかると思うけど、アメリカという素晴らしい国を建国したと

言われる人たちはどうかしら?

アメリカは素晴らしい国かもしれない・・でも、そのアメリカという国を作るにおいて

何が起きたのかしら。

獰猛で人でなしで、人を殺すことなんてなんとも思っていない原始的な人たちと勇ましく

戦って、築き上げた文明国、それがアメリカなのです・・って世界中で教えられてるよね。

それは、勝者の歴史・・


アメリカという国が出来た・・それは事実・・でも、違う角度から見たらどうかしら?

勝者の勇ましい歴史的な角度ではなく、敗者側から見た歴史。

そうね、それは侵略の歴史になるわよね。

ずっと長い間、アメリカ大陸に平和に暮らしていた人たちがいたのよね。

その人達は、何もしてないの・・先に戦いを挑んできたのは、開拓者と言われる人たち。

ただ、平和に暮らしてたところに突然知らない人たちがやって来て、ここは自分たちの

国にするから出て行きなさい・・って言われたから、そうじゃないでしょって戦っただけ。

最初に暮らしていた人たちから、戦いを挑んだんじゃないのよね。

理不尽な要求を突き付けられたから、仕方なく戦っただけ。

獰猛でも人でなしでも、戦いたくて戦ったわけじゃないの。

でも勝者の歪んだ歴史から見れば、原住民が勇敢な開拓者たちを襲い、殺して行った・・って

ことになってるんじゃない?


勝者が善で、敗者が悪・・それが、いま教えられてる歴史だってこと。

すごく偏った見方でしかない・・それを真実の歴史として子どもたちに教え、大人たちにも

映画などでそれをどんどん刷り込んでいく。


そんな歴史をいくら研究しても、何も見えてこないわよね。

勝者の言い分だけを鵜呑みにして、その観点からだけ研究しても何も見えてこないわ。


そして、今のあなた達の社会は勝者が作り上げた社会よね。

勝者が都合のいいように作りあげた社会・・その社会が歪んでいて、そして歪んでいる故に

苦しくて仕方がない人たちがいる。

搾取され続けている人たちがいる・・どうしてこんなに苦しいの?どうして豊かで自由な

生活が出来ないの?・・って思っても、真実を教えられていないのだから、原因がわからない。


真実の歴史を知ることが出来れば、どの人たちが勝者で、その勝者の人たちにとってどれだけ

都合のいいルールが決められているのか・・がわかる。

そして、勝者の人たちの人脈もわかって来る。


いまの社会システムが出来たのは、

明治維新と呼ばれる出来事が起きてから・・

明治維新から、日本の歴史は大きく変わったわ。

そして、その明治維新の立役者と言われる人たちの

子孫や親せきの人たちが今の社会の中心に居るってこと・・

そこから、違う見方で歴史を見てみると、いまの社会の構造がよく

分かって来るわ。



誰が勝者、支配者としてあなた達庶民と呼ばれる人たちから搾取しているか・・

よく見えて来ると思うけど・・


それが見えてくれば、どうすればいいかもわかって来るでしょ・・

どうすれば、また豊かで自由な生活を取り戻すことが出来るかわかって来るわ。


もし、いまの生活に疑問を感じているなら、真実の歴史に目を向けてみたら・・


あなた達をこころから愛してるわ~~」


ありがとう さくやさん!

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^


さくやさんが教えてくれている真実の歴史ゼミナール、8月20日(日)湘南台のサロンで

開催します・・まだお席はございますので、ご興味のある方はぜひご参加下さいね^^

(歴史ゼミナールは、ステージ1と2を受けられた方のみとなります事をご了承いただければ

幸いです)


アシュタールのメッセージの新作の動画は、「破・常識あつしの歴史ドラマブログ」

に掲載しています。

ご興味のある方は、是非ご覧くださいね^0^

(ここまで)


明治維新は私たちが子供のころから教えられているようなものではないみたいです。

文明開化ともてはやされた明治維新も言ってみれば西洋を発祥とするアングロサクソン人が

いまだに西洋の支配下にない日本を支配するために行ったものです。

その主流はイルミやフリーメーソンの命を受けた人たちが中心となって起こしたもの。

その下部組織としての実行部隊が田布施地区の人々が中心になったものですが

当時の幕府の要人はすべてこの人たちで入れ替わったもののようです。

そして、その下地はフランシスコザビエルが宣教師としてやってきたときから始まり

多くの日本人を改宗させ、混乱の元を作っていったものと理解しています。

私も詳細は調べていないのでおおまかにしか理解してませんが、江戸時代まで続いた

歴史をすべてご破算にして西洋流の文化システムに変えていったのが明治維新です。

しかし、それでもそれに反発する日本人もいて、それらが今の日本の表裏を形成して

いるようです。

現代人にそんなことを話しても誰も信じないでしょう。天皇があのとき入れ替わったという

説もありますが本当のようです(さくやさんはこのことを真実であると明言してましたね)。

そう考えると日本人は何を信じているのか?と思うと私自身の頭も混乱してしまう有様です。

ともかく疑問を持たない限り自分自身の脳裏にある先入観を拭い去ることはできません。

あたかも韓国人が反日教育を子供のころから仕込まれている状況と似てます。

卵からかえったひなは一番最初に見たものを親と信じ込むようですが、今の日本人も

生まれて初めて受ける小学校の授業で最初から違う歴を教えられるのですから、それを

真実と信じて疑わないのも無理はありません。

参考までに→明治転送すり替え説





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破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:物々交換という概念」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:物々交換という概念」


(ここから)

今日の破・常識!




物々交換・・という概念を手放していきませんか?

        これも所有の概念と同じもの・・・らしい(笑)



では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。




「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

これからお話しすることは 

こういう方向性で考えてはいかがですか?・・というご提案ですので、

今すぐに出来ないからといって 

そんなこと現実問題出来るわけないでしょ!と怒らないでくださいね(笑)


私たちは、お金という概念を手放してください・・とよく言いますが、

そうすると では、原始のころのように物々交換になるのですか?

と思われるようですが・・・そのそもそもの物々交換・・

という概念を手放していきませんか?

あなたの社会は、すべてこの考え方で成り立っています。

これも所有の概念と同じものです。

私が持っているものをあなたの持っているものと交換しましょう・・

という考え方ですね。お金というものが、その最たるものです。


交換ですから何かを持っていなければ 

自分は何も手にすることが出来なくなる・・

これから不安、怖れの感情が出てきます。

そして、もっともっと持たなければ・・と思うようになるのです。

そして、人の持っているものに対して 

自分の分を取られたという感情が芽生えはじめ 

そこからいろいろなネガティブな感情が生まれてきます。

そうではなく、ただ自分が持っているものを 

差し上げる・・という考え方にシフトしていきませんか?

ただ 差し上げる・・です。(細かいことになりますが・・

これは”与えあう”という感覚ではありません。

与えあうというところには、エゴ的な感覚が入りやすくなりますので 

ちょっとした言葉の違いですが

エネルギー的に違ってきますのでお伝えさせて頂きます)


あなたが持っているもの、技術、アイディア、・・すべてです。

そんなことをしたら 自分は何もなくなってしまって 

生きていくことが出来なくなってしまう・・と思いますか?


ちょっと考えてみてください。

あなた一人が、すべてを差し出すのであれば 

何もなくなってしまうでしょうが、

みんなが自分の持っているものを差し出していけば 

みんなが何も不足することは無くなるのではないですか?


例えば、お水を使うのに お金という代償(物々交換)を払っていますね。

それは何に対して払っているのでしょうか?

お水そのものですか?それならば、お水は誰のものでしょうか?

水は、テラ(地球)が分け隔てなくすべての人に

与えてくれているものですから

誰かが水を所有するなんてこと自体がおかしいことはわかりますね。

だから、水そのものに対してお金を払う必要などないのです。


では その水を運んでくれている人たちの技術と手間に払いますか?

それならば、お金のように物々交換する必要はないのではないですか?

水道を作ってくれている人たちは、そのサービスを差し出してください。

ただ提供するのです。


お米を作るのが好きで楽しい人は、お米を提供してください。

服を作るのが楽しくて作っていると夢中になって 

たくさん作りたくなる・・って思う人は 

自分が作った服が欲しいという人に差し上げてください。


こうして自分が好きなこと、楽しいこと 得意なことを 

それぞれが提供し合うと何も困ることはなくなります。

そして物々交換ではありませんから 

何も持ってなくても頂くことが出来るので 

不安も恐れも何もなくなくなります。


何もしなくても、もらえるのならば 

何もしない人ばかりになるのではないでしょうか?・・

って 思いますか?


あなた達は、自分を表現することが

何よりの喜びだということを忘れないでください。

何もしないでただ寝ていたい、楽がしたい、・・

って思うのは、今あなたが 

生活というものに追われ疲れすぎているからです。

その肉体的な疲れが取れ、生活にも不安がなくなると 

何かをしないではいられなくなってきます。

自分を表現したくてたまらなくなってきます。

そのあなたのハートの表現を みんなに差し上げてください。

そして、そのあなたの表現が誰かを感動させ 

喜んでくれるようになると

その喜びの波動を受けてあなたも楽しくなり 

もっと表現したくなってきます。


このそれぞれのやりたいこと 

素直な楽しい表現を提供し合うことで

とてもいい循環が起きて 誰も何も困ったり不足したりすることのない

調和の世界が創造出来るのです。


この話については もっともっとお伝えしたいことがたくさんありますが

今日は、これ以上話すと長くなってしまいますので 

また機会があるときに続きをお話ししたいと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」



ありがとう アシュタール!

(ここまで)

この世のすべては一つ残らず物々交換と言う考え方とやり方で成り立っています。

物を買ったり手に入れたり、あるいは人に何か頼むためにもつかわれるお金が

その究極的な姿です。

人はただで何かをしてあげたり、何かを依頼したりするのを嫌がります。

たとえ、一方が無償で行ったとしても他方はそれを負担に思い、何かの対価を

差し出そうとします。また、ただで何かをしてもらうことを当たり前と考える人には

とても風当たりの強いひんしゅくと非難が降りかかってきて、以降誰にも相手に

されなくなることでしょう。

そのため、今のように貧富の差が著しくなったとしても、困っている人に手を差し伸べる

人やその機会はかなり少なく、本来なら多く持つ人が持つものが少ない人に差し上げる

べきなのですが、現実はそうではありません。あまり余裕のない人が率先して行って

いる現実があります。それは持つ者の少ない人こそがその気持ちを理解できている

からです。お金持ちは1億円あろうとその対価がない限り1円でも惜しむ人々です。

もちろん、中には貧しい人に寄付と言う形で行っている人はいますが、それも背後には

名声、地位、立場の向上を目的としたものが存在します。

日本でも戦後間もないころには困っていればご近所さんからのおすそわけというのが

ありましたが、今ではすっかり姿を消してしまい、その役割は行政が担うようになって

います。生活保護がその一つの姿です。おもしろしことに生涯汗水流して働いて得る

(本来は自分のお金なのですが)年金よりも地域によっては支給額が多いと言う変な

状況になっていますが・・・。

年金も考えてみれば元は自分のお金なんですね。なんとなく今はみなさん国から支給

されているという感覚の方が強いので減らされても文句を言うでもなく、黙々ともらえる

ものはもらうという感じです。


話は脱線してしましました。この世にお金と言うものがなくなれば・・・と前回の記事でも

書きましたが、仮にある日朝起きたら身の回りにあるお金が一切なくなったという現実に

遭遇したら、みなさんどうされるのでしょうか?

どこかへ出かけようとしても、電車賃がない!自動販売機で缶コーヒーを買おうとしても

小銭すらない。とりあえず、携帯は後払いなのでそのまま使えますが、きっとお知り合いの

方同士で「お金がなくなった」と騒ぎ立てているでしょうね(笑)。

本当にそうなった場合、どうするのでしょうか?鉄道は無賃乗車を認める代わりに乗車した

という切符を発行して後日お金が戻ったときにもらおうと備えるやり方を取るのでしょうか?

それならば、タクシーは?乗せる乗せる客がすべてお金を持っていない、それなのに

乗せて走っただけでメータはクルクルと周り、上がり続ける料金を表示したままで運転手も

困惑の表情をうかべている。本社の指示で鉄道と同じように利用券を発行するのか?

あるいはクレジットカード以外は認めないという強硬手段を取るのか?しかし、それは大きな

混乱を引き起こすのですべてそうすることは出来ないでしょう。

お金がないのであれば、電子空間にある株取引などは出来るでしょうけど、そもそもお金が

ある銀行の残高がすべてゼロ円だったらそれもできないでしょう。

お金が存在しないから、交通機関はマヒ、銀行も閉鎖、スーパーなどは買い物客が押し寄せ

商品を根こそぎ持っていこうとするのでしょうか?日本ではないかもしれませんが欧米あたり

では店舗が破壊されすべてのものが持ち去られるでしょうね。

政府はこの状況に対処するために新たにお金を発行しようとしますが、それも何らかの

原因で出来ずお金は存在しないまま・・・。世界中がパニックになってすべてが動かず凍り付

いている姿が目に見えるようです。



そのくらいしないと、人はお金と言う概念から離れられないのでは?と思います。

でも、そうなって初めてお金と言うものの本当の姿が見え始め、物々交換ではなく互いに

提供し合うというやり方を始めるのではないかと思います。その時には政府と言うシステムは

消されなくなっていますので、自分たちの力ですべてを動かしていかなければなりませんが

それでも、徐々に混乱はおさまり、これまでのように何事もなく動いていくと思います。

そこでは、お金は存在せず、人々はこれまでやってきたことをそのまま続けて何ら今までと

変わらない日常生活が戻ってきています。

違うのはお金がない社会で、すべては人々の奉仕(ボランティア)で成り立っている世界です。

だから、政府が何かを決めて国民がそれに従うというものはありません。すべてを地域の

住民がそのサークルの中で決めることで物事が動いていくようになります。

そんな世界を考えてみました。





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