So-net無料ブログ作成
検索選択

世にも不思議な奇妙なフツーの話「さくやさん:それだけが親の役目なの・・・・・」 [アセンション]

世にも不思議な奇妙なフツーの話「さくやさん:それだけが親の役目なの・・・・・」




(ここから)


今日はさくやさんからのメッセージをお伝えしますね^^

「子どもを育てる親の一番の目的?役割?は何だと思う?


自立させること・・それだけが親の役目なの。

自立させるって言っても、良い学校に行かせるとか、いい会社に就職させるとか、

良い人と結婚させるとか・・そんなんじゃないからね。


自立するっていうことは、自分で生きていけるっていう自信がつくことなの。

いくら学歴?があっても、自分で生きていけるっていう自信がなければ自立したことには

ならないのよ。


自立させるためには、何が必要だと思う?



そう、手をかけないこと・・保護しすぎないってこと。

転ぶ前から手を差し出さない・・ってこと。

小さな怪我を何度も繰り返して、自分の身を守る術をおぼえるの。

お湯は熱いってことは、小さなやけどをしてはじめてわかるの。


その小さな怪我、やけど、を怖がっていつもいつも怪我をする前、やけどをする前から

保護してしまうと、どうすれば転ばないように出来るのか? 怪我をしないように転ぶには

どうしたらいいのか? やけどをしないためにはどう気をつければいいのか?が

分からなくなってしまい(危機察知能力が育たなくなってしまい)大きな怪我や大やけどを

してしまうことになるのよ。


保護するのが親の役目じゃないの。

転ぶ前に手を差し伸べたくなる気持ちはわかるけど、そこは親は見守るしかないの。

手をかけずに目をかけるの。

小さな怪我をしながら、自分でそれに対処していくことで子どもは自分で出来るという

自信がつくの。

それにはね、親は胆力(肝っ玉)が必要になってくる。

見守るって、すごく胆力がいるの・・でも、そこはグッと見守る覚悟するしかない。


怪我ややけどだけじゃないことはわかるでしょ?

いろんなことを経験することで、ここまでは大丈夫、ここからは気をつけなければいけない・・

この知識は必要だから身に着けておこう・・って、自分で考えられるようになるの。

自分で考え、自分で判断し、自分で行動することで、たくさんの経験が出来、そして知識や知恵が

でき、何があっても自分で生きていけるという自信が出来るの。


そのためには、親自身が自立出来てないと困るわよね。

だから、親は子どもを育てながら、自分も自立していくことを考えないとね。

自立した親の姿を見て、子どもは自立するということがどんなことかわかるの。

こんな子ども(大人)になって欲しいと思うなら、親自身がそんな大人になるのが一番ね。

子どもは親の背中を見て育つ・・ってあなた達の言葉にもあるでしょ。

その言葉そのものよ。


何から何までしてあげるのが良い親じゃないってこと。

手をかけず、目をかける(ただ見守る)・・それが親の役目。


そしてね・・今度は子どもの番。

大きくなったら、今度は子どもの胆力が必要となって来る。

どういうこと??・・って思うかしら・・

それはね、子どもから、親とつながってる精神的なへその緒を切らなくちゃいけないの。

精神的なへその緒は、親からはなかなか切れない。

だから、子どもが自分で切らなくちゃいけないの・・それには胆力がいるわ。

その胆力は、子ども自身に自信がないと出ないの。


いつまでも子どもをそばに置いておきたい、いつまでも安心な親のエネルギーの中にいたい・・

という気持ちはわからなくはないけど、それじゃあただの共依存になってしまう。

親も子どもも自立出来なくて、自分の人生を楽しく生きて行くことは出来ない。


自立したからって、断絶するわけじゃないわよ。

仲良くはしてちょうだいね・・でも、仲良くするのと共依存は違うということ。


親も子どももお互い自立したほうが、気持ちの良い関係を築くことが出来てとても仲良く

することが出来る。


子どもを育てるということは、自立させること。

自分の子どもだけじゃなく、どの子も一緒。

みんなで子どもを育てることが出来れば、本当にステキな社会になると思うわ。


あなた達をこころから愛してるわ~~」


ありがとう さくやさん!

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^

(ここまで)


思うのは今の親って、子供離れしてないというか溺愛してしまう親もいることですね。

かと思えば、まったくかまわない親もいるらしく両極端に分かれてきているような・・・。

と言っても、これは私の私感ですので、悪しからず・・・。


かっての昭和のころは3世代同居が当たり前だったので、子育てで知らないことは

おばあさんやおじいさんがそれとなく教えてくれたのですが、今はそういう環境の

人って少ないから大変ですね。

とくにマンション住まいだったりすると他の人との交流もなく一人で悶々と悩みストレスを

貯めこむケースもあれば、交流がありすぎていろんな知識だけ蓄えすぎて困っている

人もいるらしいです。

今の子育てって本当に難しいと思います。

昔だったら、子供は勝手に外に遊びに行って、近所の遊び仲間と夕方まで遊んでいて

そのころになると、どこからともなく「ご飯だよ~」と呼ぶ親の声がしたものでした。

だから、子供は近所の遊び仲間と遊びながら自立する精神を養っていたと思います。

親はそんな子供を黙ってみているだけ。本当に注意しなければならないところは注意

しても、それ以外は自由でした。子供は親がいなくとも育つという言葉そのままでした。

今は朝から晩まで同じ部屋の中で親と一緒ですから窮屈かもしれないですね。

広い野原ア空き地を駆け回り、自然に親しみ、田んぼ・畑・川の昆虫や魚と戯れる毎日は

今はほとんどできないでしょう。

本当はそれが自然なことですが・・・・。









破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:ミスリード・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:ミスリード・・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!




科学がすべてを説明出来るかのように言われていますが・・

真実の1%ほども理解できていない・・・らしい(笑)



では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。





「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

感覚を研ぎ澄ましてください。感覚に頼ってください。

あなたを取り巻いている空気?

エネルギー?を常に感じてください。

感覚の中にたくさんの情報があります。

感覚に頼るのには、まだ心もとなさや頼りなさを感じ、

不安になるかもしれませんが・・

少しづつでいいですのでマインド(頭)から感覚の方へ 

シフトチェンジするようにしてください。


私たち宇宙ファミリーは、感覚を主として 

その表現をするためにマインド?

(これは、私たちが使っている3次元的領域の

マインドではないそうです・・

言葉で表現するのは難しいです 汗)を使います。

感覚が主でマインドは従です。(霊主体従のことでしょうか?)


あなた達は、今までマインド(頭)が主で 

感覚(ハート)を従としていました。

これからは、それの関係が変わってきます。

今までのあなた達にとって マインド(頭)は 

浮き輪、自転車の補助輪、杖・・のようなものでした。

自分の感覚を信じ切れないために 

何か他の物に頼っていたのです。

3次元的領域では必要でしたが・・

もうマインドに頼る必要はなくなりました。

時々使うことはありますが もう頼らないでください。

それがなくてもあなたは十分にうまくやって行けます。

ただあなたの感覚を研ぎ澄まし それを信じきればいいのです。


マインドには、今まで教えられた狭い知識があるだけです。

その知識は、ほとんど真実を理解できていません。

あなた達の科学がすべてを説明出来るかのように

言われていますが・・

真実の1%ほども理解できていません・・

なぜならば、はじめの踏み出しが真実から離れているからです。

物質は、ただの物質ではなく 

すべてが波動(エネルギー)で出来ている・・

すべては同じものがもとであり 

ただ姿かたちが違うだけ(表現が違っている)

ということを 出発点としていないためです。

(もちろんあなたを支配コントロールしている

存在たちは そのこと

”すべては波動で出来ているということ”を

とてもよく知っています・・

ですから、あなた達に真実を知られないように

反対にそのことをあなた達から隠し、情報を操作し 

あなた達の科学をミスリードしているのです。

たとえば医学についてですが・・

身体はただの物質ではなく 

波動で出来ていると言うことを理解していれば 

身体の一部分だけを見て 

不調な部品を取り換えればいいという

考えにはならないですよね・・

この話をし始めると、とても長くなりますので 

また機会があればお話ししたいと思います。

でも感覚(ハート)は

すべての情報の根源とつながっていますので、

マインドの中には無い知識 情報を手にすることが出来ます。

だから、あなたの感覚(ハート)の中に

すべての答えがあるのです。

あなたの感覚を研ぎ澄まし、あなたの感覚の中に 

あなたの真実、答え、情報を探してください。

マインド(宇宙ファミリーがいうマインド)は 

それを表現するためのものです。

感覚を研ぎ澄ますために 今あなたが何を感じ、何を想っているか・・

そこに常にフォーカスしていてください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


すべてのものは波動が基本で、その波動が姿かたちを変えて物質となっていると言われても

現代科学を学んだ私たちには、にわかに信じがたいことかもしれませんが、そうだと思います。

ただ波動が私たちには見えないので理解できないものとして片づけてしまっているからです。

現代科学は唯物論で成り立っていて、見えるものだけを信じなさいと教えられています。

そのため、見えないものは意図的に遠ざけ信じないように刷り込まれているのです。


その常識を外し、感覚で物事を考えてみるということです。

感覚なんて見えないものの代表のようなもので、だれもこうだよと表して示すことは出来ませんが

実際、私たちには感情があり、感情で動いています。現代科学はそれすら見ようとしません。

あえて見るのは心理学だけでしょうか?それでも心理学は正統派とされていないのもおわかり

のことと思います。それなのに、神を信じるというのも不思議なことです。


仮にどこかへ行きたいと思ったときに、マインドはいろいろな旅行関係の雑誌や広告を探し

それを一生懸命見て探しますが、感覚は違います。今一番行きたいところは?と思い浮かんだ

ものが感覚が選んだ旅行先です。その時には何も考えずにすぐ頭に浮かんだものが正解です。

考えてしまうと言語を用いるマインドは働くので、好き嫌い、旅費の比較を始めるので選択先が

限られてきます。感覚はそうではありませんね。たとえアメリカ西海岸が浮かんできたとしても

そのイメージには旅費と言う考えはありません。ただ行ってみたい。その一言です。


そうした感覚をこれからは生かしてみることが必要だと思います。