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いかしたワンちゃん おまけ2連発 [おまけ]

目の前でトレーニングに励む女性たちに気づいたワンちゃん!
何を思ったのか、意外な行動に????




体操を始めたワンちゃんに一切注目しない女性たちもお見事です。


お~。我が家の旦那様が使っているマッサージ器は極楽、極楽。




こんなわんこうなら、我が家にも1匹欲しい(笑)。



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破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:自分で決めるということ・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:自分で決めるということ・・・・」




(ここから)


今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

決めてください。

決めれば、現実は確実に動きます。

決めないから、現実は動かないのです。


決め方ですか?・・・とても簡単ですね。

自分はどうしたいのか?・・

それを自分に聞いて、その通りに決めればいいのです。


私はこうしたいけど、こうするとあの人が困るから・・

こうしたらあの人に嫌われるかも・・

そうしたら、みんなに迷惑かけるから・・

いろいろ人のこと、いろんな起きてもいない状況を考えるから、決められないのです。

そして、だんだん自分が本当はどうしたいのかさえ分からなくなってしまうのです。


あなたの世界は、あなたの世界なのです。

他の人の世界のことまで心配する必要はないのです。

あなたがしたいようにすれば良いのです。


したいようにしなくても、”したいようにしない”と決めているから、

したいように出来ない現実を創っている訳ですが・・意味が解りませんか??

どちらにしても、あなたは自分で自分の世界を創っているのです。

”決めない”と決めることで、決まらない現実を創造してということです。


それならそれでもいいと思います。

ただあなた達が、こんな中途半端な感じの現実はイヤです、もっと自分の好きな現実を

創造したいんです、とおっしゃるので、私は”決めてください”とお伝えしているのです。


決めれば、誰も何も言わなくなります。

あなたの中が揺れているから、いろんなことを言われるのです。

私はこう決めました・・と宣言すると、誰もあなたの決心に対して何も言えなく

なるのです。

そして、あなたが決めたことを認めるのです。


例えば、何かの名前を決めるということになったとします。

あれもいいな、これもいいな・・と迷っているときは、こんな名前もいいんじゃない?

その名前はおかしいよ、こっちにしたら?私はその名前好きだな、きらいだな・・

などとたくさんの意見が耳に入ってきます。

そして、あなたはそれらの意見を聞いてまた迷い、どうしたらいいのか分からなく

なってしまいます。

でもそこで、私はこの名前に決めました・・と宣言すると、誰も何も言わなくなります。

そして、少し経つとその名前を使うことに誰も違和感を感じなくなるのです。

分かりますね?


名前を決めるのはあなたです。

あなたの権利なのです。

人はそれぞれの意見を言います・・でもそれはその人それぞれの考え方なのです。


余談ですが・・

もし、他の人の意見を聞いて、その人の意見どおりに決めたとしても名前は決まります。

でも、人が決めた名前にあなたは満足出来ません。

ずっと満足できない名前を使い続けることになるのです。

自分で決めずに人の意見に従うというのは、そういう現実を創造するということです。


あなたはどの名前がいいのですか?

この名前が好きです、だからそれに決めます・・・それだけのことです。


名前で例を出しましたが、すべてそうです。

あなたが決めれば、あなたの現実(周りの人たちの反応?など)も変わるのです。

あなたが決めないから、あなたの好きな現実にならないのです。


もう一度言いますが・・決めないというのも、あなたが決めていることです。

だから、あなたは決まらない現実を創造するのです。

何にしろ、どんな現実にしろ・・すべてはあなたが創造しているということを

忘れないでくださいね。


そして、”決める”ことを決めれば、いまあなたが抱えてる問題?悩み?は

解決できます。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう アシュタール! 感謝します。

(ここまで)



自分で決めるということはとても大事なことです。

いろいろ悩んだり、他人の意見を参考にしたりしながらも最後は自分で決める。

それが出来れば、決めたことに最初はぐだぐだと「これでよかったのか?」と悩んで

いても、なんとなく解決策が見いだせて、そのうちその結論でよかったという風になります。

不思議なことですがそうです。私が何度も経験してますから・・・。

だから、ともかく決めることです。そうすればそこからレールが見え、先に進めます。



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破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:自由になるために・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:自由になるために・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!



義務というのは、強制・コントロール・・・らしい(笑)





最近、親御さんのことでご質問を受けることが多いんです。

みなさんそうなんですけど・・罪悪感にはまっている。

この罪悪感というのが本当に厄介なんですねぇ~~。

何かしようと思うと罪悪感が出てきて 

自分が自由でなくなってしまう・・

自由になることにすごく罪悪感を感じて、何をしても楽しくなくなる・・

こどもなんだから、こうでなくてはならない!

こう、するべきだ!・・などなど


この件に関して・・

アシュタールからのメッセージをお伝えします。






「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

あなた達には、たくさん”~~ねばならない”があって大変ですね。

たくさん”~~ねばならない”があるから 

たくさん罪悪感が生まれるのです。

正しい生き方は、こうでなければならない・・

人には優しくなければならない・・

親の言うことはよく聞いて 親孝行をしなければならない・・

~~~~ねばならない・・のオンパレードですね。


どうして こんなにたくさん”~~ねばならない”があるのでしょうか?

たくさんありすぎて、どこからお話ししていいか・・迷いますが、

例えば、親孝行しなければならない・・

ということについてお話ししましょう。

親は自分を育ててくれた大切な人なのだから 

大切にしなければいけない・・・当たり前のことです。

わざわざ人に言われることではありません・・

しかし、ここに大きな問題があります。

その親孝行のモデルケースです。

これが親孝行なのですよ・・というモデルケースが作られ 

それに合わないことはダメです・・とされていることです。


年老いた親を背負い、優しく声をかけ 

常に側にいて何からなにまで世話をする・・

これが親孝行なのでしょうか??

こんなことをしていたら、どちらもつらくて仕方がないでしょう・・

親は、自分で出来ることまで 

年を取ったからという理由で取り上げられ、

年を取ったならば年よりらしくしていなさいと

刷り込まれ、子供は 親のために

自分の自由なことも出来なくなる!

このような道徳観を持っていると 

子供は自分の好きなことをすることに

罪悪感を感じるようになってしまいます。


親を大切にするのは当たり前のことです。

でも、そこにモデルケースはいりません。

親も 変なモデルケースに惑わされてしまうと 

子供をしばりつけ コントロールすることになってしまうのです。

これは、お互いにとっていい関係ではありません。

形だけの道徳と呼ばれるものに従う必要はないのです。

そこに愛があれば、人に言われなくても親を大切にします。

反対に ”~~ねばならない”で動いてしまうと 

義務になってしまいます。

義務というのは、強制です。コントロールです。

人は強制されるとハートが拒否するのです。

人は本来自由であることをハートが知っていますから 

強制、コントロールというものには、ハートがとても嫌がります。


何が言いたいかというと・・

同じことをしてもハートが喜んで自分の意思でしているのと、

義務(強制、コントロール)されてしているとでは 

全く違うことになってしまう・・ということです。

何故、道徳などというものがあるのでしょうか?

それは あなた達の社会が ”愛”とかけ離れているからです。

”愛”に満ちた社会では、当たり前のことばかりですので、

いちいちそんなことを誰かに言われることも 言う必要もないのです。


本当に親孝行したかったら まず、あなたが自由になってください。

好きなことをして楽しんでいてください。

そうすれば あなたの中に”愛”があふれてきます。

”愛”にあふれた人は誰に言われなくても親(人)を大切に出来るのです。

”愛”するのは誰かではなくて まず、あなた自身です。

あなた自身があなたを愛していれば 

すべての存在に愛を贈ることが出来るのです。

愛は、義務からは出てきません。愛は、楽しさ、自由、喜びです。

そして人を大切にすることは依存させることではない・・と

もう一度言わせてください。

言葉の壁ですね・・

お話ししたいことが伝わっていますでしょうか?

言葉の表面だけをとらえずに 

エネルギーで読んで頂ければうれしいです。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!


(ここまで)


今は昔のように親の面倒を見ることを肩代わりに長男が家を継ぐというようなことはだいぶ

少なくなりました。中には親子とも住まいは別で時々行き来するくらいの生活スタイルの人が

増えてきていると思います。

しかし、それでも親が動けなくなったら面倒を見ないといけないと内心思っていることでしょう。

もっとも、中にはそんなことは関係ないことと一切顧みない人もいます。

親も子供も健康で長生きできれば、苦労はしないのですが、どちらかが認知症や動けなくなった

ときに、それ以降毎日の介護で疲れ果てている人もいます。その中には介護疲れで可哀想な

結末を迎える人も幾度か報道されていますね。


何を言いたいのかと言うと、健康でいることの大切さです。

この3次元では人は年を重ねるごとに老化が進み老いていくというのが常識です。だから親も

次第に老いていき、ついには病気になったり、不慮の転倒などで骨折し寝たきりを余儀なくされる

ケースもあります。都会では介護施設の数が追い付いていないので、地方に比べれば人口密度

という点からも病気や動けなくなった時にすぐ介護施設に入れるかと言うと難しい面があります。

そのた、互いの介護疲れで・・・というニュースがあったりします。

しかし、どちらも健康で老後を迎え、老衰で死ぬようなケースでは前述のような問題は少なく

なるだろうと思います。こうした健康を維持するのには楽天的であることと食べるもののバランスが

とても重要です。合成食品添加物はできるだけ摂らない、糖分は摂りすぎない、脂肪分は必要な

程度に摂る(脂肪分を減らすと老化が加速するので摂った方が良いです)。そして適度な運動を

欠かさないということが必要です。食品についてはこれ以外にも注意点がたくさんありますが割愛

させていただきます。

そして、ともに健康でいて互いに自由であること。自分の出来ることは自分でやること。相手を

非難、中傷したりすることはしないという心の状態が保てれば意外と健康で自立した生活を

送れるものです。そうであれば、互いを当てにするという考え自体が減ります。

そうであれば、風通しのいい自由な生活をエンジョイできるのではないでしょうか?




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