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世にも不思議な奇妙なフツーの話「アシュタール:誰かを見るとついイライラしてしまう」 [アセンション]

世にも不思議な奇妙なフツーの話「アシュタール:誰かを見るとついイライラしてしまう」




(ここから)

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

人のことが気になって仕方がない、人を見てイライラする、誰かのここが

気に入らない・・と思う時、それはその人を見てイライラしているわけでは

ありません。

その人の言動は関係ないのです。

そういう時は、自分のことを嫌っていると思ってください。

自分のことがイヤ、自分のことを好きでいられない・・そういう時は、誰かに

自分の姿を見ているだけなのです。


自分の好きなことをしていて、自分のことで夢中なときは、誰のことも気に

ならなくなります。

好きなことをしている自分のことが好きな時は、人のことに干渉する気にも

ならないのです。

好きなことをしているとき、あなたは自分の世界で生きていられるのです。

自分の世界の中心でいられますので、満足することが出来るのです。


人は(人だけじゃありませんが)自分を表現することで満足できるのです。

自分の表現をする・・それは自分の世界の中心でいるということです。

その中心から離れてしまう(ブレてしまう)と不安になります。

不安になるから、人のことが気になるのです。

自分の思っているように人が動いていなければ、イライラして干渉したくなるのです。


でも、面白いことに、干渉したくなる人その本人も中心を生きていない人なのです。

分かりますか?

自分の世界の中心を生きていない人は、また同じように自分の世界の中心で生きて

いない人を見ることで、イライラしたり干渉したりするのです。

自分の世界の中心を生きている人には、イライラしたり干渉したりしないのです。

・・というか、自分の世界の中心で生きている人を見る?会う?ことが出来ないから

です。


それは、波動が違うからです。

自分の世界の中心を生きていない人と、生きている人とは波動領域が違ってきますので、

干渉しようにも出来ない・・ということなのです。


そして、自分の世界の中心を生きている人同士は見ること(会うこと)が出来ますが、

それぞれに自分の世界の中心にいて満足しているので、誰にも干渉しようと思わないのです。

それぞれに生き、そして必要な時は干渉という形ではなく自由な関係を保つ関係を

創ることが出来るのです。

(干渉というのは、自分の考えたか、やり方の方が正しいからそれに従いなさい・・

ということです。)


いまのあなた達を支配している人たちは、それぞれに自分の世界の中心にいることが

出来ていないのです。

だから必要以上に他人(あなた達庶民と呼ばれる人達)に干渉を繰り返し、自分たちの

都合の良いようにコントロールしようとするのです。

彼らは、自分の中心(本当に好きなこと、楽しいこと)を忘れてしまっているので満足

することが出来ないのです。

何をしても不安で、不満で、満たされることがないのです。

何を手に入れても気が落ち着かないのです。


自由で楽しくいたいと思うならば、そういう人たちに見つかる?会う?ようにしなければ

良いのです。

分かりますか?

先ほども書きましたが、波動が違うと見ること、会うことが出来ないのです。

それには、あなたがあなたの世界の中心でいることです。

あなたが自分の世界の中心でいれば、あなたは自分のことが好きでいられることが出来、

満足することが出来ます。

満足することが出来れば、波動は軽くなるのです。

だから、満足できない(波動が重い)人たちの目に触れることがないのです。


自分の世界に中心にいるためには、好きなこと、楽しいことをしていてください。

それだけでいいんです。

何も難しいことを考える必要はありません。


もしあなたが人のことが気になる、誰かを見てイライラする、干渉したくなる・・と

いうことがあるときは、それは自分が自分の世界の中心にいない、ブレているとからだと

思ってください。

それがわかると修正は簡単です。

好きなことにフォーカスを変えればいいだけなのですから。


あなたの世界はあなたの世界なのです。

好きなこと、楽しいことをして、中心にいてください。

自分の世界の中心にいて満足していれば、満足している人たちと共振しますので、

満足している人たちがまわりに集まってきます。(集まるという表現はちょっと違うのですが

他に表現出来ないので敢えて集まると表現しました)

満足している人たちと一緒にいるととても自由で楽しい関係を築くことが出来ます。

ピラミッド型ではなく、横並びの提供しあう社会を創ることが出来ます。


とても簡単なことです。

ただ好きなこと、楽しいことをしてご機嫌さんでいればいいだけの話なのです。


あなたに愛を込めてお伝えいたします。」


ありがとう アシュタール! 感謝します。

(ここまで)


昔はよくありましたね。

人のやることなすこと何かとケチをつけたくなる。

これはああではない、こうではないと言いながら干渉する。

これはほとんど病気ですね(笑)。


幸い、今はそうしたことはすっかりなくなりました。

すこし気になる部分が見えても、その人のことはその人自身のことと割り切っていられます。

相手が望めばアドバイスやお手伝いはします。


これでいいのでしょう。

あとは自分の好きなことをして楽しむだけです。



昨日書いた「意識とマインド」については書き始めるとけっこう考えることが多く時間がかかりそうです。

数日ご猶予ください。




破・常識 あつしの挑戦「アシュタールシ依存と執着・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタールシ依存と執着・・・」




(ここから)


今日の破・常識!



一人でいること、行動することは 

さみしいことではない・・・らしい(笑)




では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。







「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

一人でいること、行動することを楽しんでください。

一人でいること、行動することは 

さみしいことではありません。

一人でいることを楽しむことが出来れば 

誰かといても その時間を楽しむことができます。

一人でいることをさみしがって

誰かといようとしても だれかといること、

その時間を楽しむことができません。

分かりますか?


自立することが出来ると 

一人の時間を楽しむことができます。

自立した人と自立した人が一緒にいる所には、

とても風通しの良い自由な関係、

コミュニケーションを創ることが出来ます。

でも、一人でいることを楽しむことができない人、

一人では何もできない・・

一人は、とても孤独でさみしいものだ・・

と思っている人と同じような人が一緒にいても 

そこには、依存と執着が起きてきますので 

風通しの悪い不自由な関係になってしまいます。

人との関係を楽しく 

自由なものにしたいと思うのであれば、

まず自分一人でいることを

楽しめるようになってください。

あなたは、一人でも孤独ではありません。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


オッと!意外にも短いメッセージでしたね。

でも、これはよくわかりますね。

さみしいと思っている人とそうでない人が一緒に居ると、さみしいと思っている人は極端な場合

いつまでも相手を話すことはないと思います。

寂しい人にとっては離れることが大変苦痛だからです。

それはある意味自分自身に対する自信と信頼がないからともいえます。

なにをするでもなく、私も若いころは新宿のアーケード街やゲームセンター喫茶店、飲み屋などを

次々とはしごをしながら朝までいたことがあります。それも大学の学友と二人ですが、一人でいるよりは

その方が孤独感を癒せるからです。

もっとも、もともと私には孤独癖がありましたから、寂しがっていたのは相手の方だったかも(笑)。

なんでか、よく誘われましたから・・・・。


要するに離れたくないという執着心と依存心を持ってしまうということですね。

これが自立すると一人でいることの寂しさを感じることが少なくなりますので、別に気にならなくなります。

ようはいかにして自立した人になるかですね。