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世にも不思議な奇妙なフツーの話「ミナミさん:それを言っちゃ~お終いよ・・・」 [アセンション]

世にも不思議な奇妙なフツーの話「ミナミさん:それを言っちゃ~お終いよ・・・」



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夫婦間でも「それは禁句」なNGワード・・っていう記事を目にしました。

それを言っちゃあ、おしめ~よ(お終いよ)の言葉たち・・


トップは「結婚しなければ良かった/人生を返して(結婚を後悔)」で46.6%。

次は「「触れないで!/生理的に無理(スキンシップを拒否)」で36.4%

3番目は「誰の稼ぎで生活していると思っている!」で29.1%


3番目はアカン・・専業主婦(主夫)には原爆級の言葉です。

私はこの言葉が一番きつかった・・自分が全否定された気になっちゃった・・

私も言われたとき心の中で・・

あんたが自分のために仕事辞めてくれって言ったんじゃン、

そうじゃなかったら私だって仕事してたのよ(怒)って毒づいてました。

(今思うと、結局自分でやめるって決めたんだから、相手のせいではないんですけど

その時はそこが分からなかった・・全部相手のせいにしてました(苦笑)


ちなみに、反対の立場として

「稼ぎが少ないくせに!(収入を批判)」・・これも原爆級!


夫婦、パートナーって・・・いったい何?ってこの記事を読んで思ったミナミなの

でしたぁ~~^^;


では、今日はさくやさんからのメッセージをお伝えしますねぇ~~^^

「何をやってるのかしらねぇ??・・って私はあなたたちを見て思うのよね。

人間関係が、パワーゲームになっちゃってるのよ。

パートナーとの関係だけじゃなくて、親子の関係もそうだし、仕事の関係もそう。

人間関係があるところ、ほとんどがパワーゲームになっちゃってる。

だからしんどいのよ。


どっちが強い、どっちが有利、どっちの意見を通す(正しい)・・

どの言葉を使えば相手をへこますことが出来る?・・

そこに愛は感じられないわね。

根本的なところを考えられなくなっちゃってるから、こういうことが起きてくるの。

根本的なこと・・すっごく簡単だと思うんだけど。


ただ、自分はその人とどうしたいか?どういう関係を築きたいか?・・そこよね。


一緒に楽しくいたいと思うなら、そんなパワーゲームにはならないんじゃない?

仕事関係でもそうでしょ?・・どんな仕事がしたい?(どんな商品を創りたい?

どうやってこの商品を広めていきたい?)って思うところからはじめればいいのよ。

役職なんてただの立場に過ぎないでしょ・・お互い同等の人間だということを忘れて

何だか自分の持ち物?的な考え方になるからおかしくなるの。(部下は上司である

自分のものだと思い違いしがちよね)


パートナーの関係もそう、親子の関係もそう。

近くなれば、自分のもの的な考え方が大きくなってしまって、自分の都合良いように

コントロールしようとしはじめる・・だから、パワーゲームになるの。

人は誰のものでもない・・・その根本的なことを忘れないでね。


愛はね、所有からは生まれないの。

愛はね、相手に対する尊敬と感謝の気持ち。

相手を尊敬するということは、干渉しないということ。

都合の良いようにコントロールしようとすると、愛からどんどん離れて行くわ。


この人と一緒に居たい・・そこがしっかりといつも感じられていたら、相手を

へこませるような言葉を投げかけることは無くなるわ。

へこませる言葉より、どうしたらいい関係になれる?と冷静に考えられるわ。


この人と一緒に居たいという気持ちより、この人をへこませたいと思う気持ち、

自分の思い通りにしたいという気持ちが大きくなったら・・

もう一緒に居ないほうがいいんじゃないかしら?


人はね変化するの。

ずっと同じように変化していければいいけど、違う方向へ変化していくこともある。

波動が変わってしまうこともあるの(どっちが良い悪いじゃないわよ)

波動が違う人と一緒に居るのはつらいことなのよ。

波動が違ったら、離れる方がいいのよ。

何が何でも離れなさいって言ってるんじゃないのよ。

ちゃんとコミュニケーションをとった上で、

まだすり合わせることが出来るならいいけどね、

お互い考え方や価値観が違って来たね・・

って思うなら、離れたほうがいいって言ってるの。


その人と自分はどうしたいのか?・・

常にそれを考えられればいい関係は築けると思うわよ。

そこをしっかりと押さえておけば、パワーゲームになりかけても、

それを止めることが出来るようになるわ。


あなた達を心から愛してるわ~~」


ありがとう さくやさん!

私たちもさくやさんを心から愛してるよ~~^0^

(ここまで)


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破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:それぞれすべてが正解・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:それぞれすべてが正解・・・・」




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今日の破・常識!




100人いれば、100の現実がある。

それぞれすべてが正解。

どちらが偉い、どちらが正しい、どちらが善だ・・

などというのはナンセンス。

そして、他の人の現実に自分の現実を見せようとするのは、

自由への介入になる・・・らしい(笑)




今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。


「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

みんな同じ景色を見ているようでそうではありません。

ひとにはそれぞれの見方があるので、同じ物を見ていても

それぞれ違う観点で見ているので違う現実になるのです。

同じリンゴを見ていたとしても、リンゴが大好きな人と、嫌いな人、

お腹が空いている人とお腹がいっぱいの人では、

リンゴを見たときの印象が違ってきますね。

同じリンゴなのに、見る人の印象によって違うリンゴとなるのです。

美味しそうなリンゴです・・と答える人もいれば、

もう少し赤い方が好きです・・と答える人もいます。

そのように、同じリンゴを見ているように思えますが、

現実としてはそれぞれ違う現実を体験しているということです。

ですので、まったく同じ現実を体験することは無いのです。

だから、同じ現実だと思って話をしても違う観点で話をすると

話が通じないということになるのです。

分かりますか?


リンゴに関して同じような観点を持っている人同士ならば、

話が合います。でも、違う観点の人とは

話がかみ合わないという現象が起きるのです。

私はこのリンゴは美味しそうに見えます・・

私にはまだ熟れていないので美味しそうには見えません・・

それは、どちらが良くて、どちらが悪いということではありません。

ただ、見る観点が違うだけのことなのです。


ですから、何か話をしていてどうもかみ合わないな、と思う時は、

見ている観点が違うのだなと思ってください。

どちらも正解なのです。

そこで、どちらが正解かという論争は不毛なのです。

100人いれば、100の現実があるのです。

それを尊重しあうことが出来れば、争いは起きません。



そして、同じ人であっても、

状況によってまた違う現実になって来るのです。

お腹が空いているとリンゴは美味しそうに見えます。

お腹がいっぱいの時は、

そんなに美味しそうに見えないかもしれません。

好きな人がリンゴが好きなら、自分も同じように

リンゴを好意的に見ることができます。

でも、リンゴを見ると嫌いな人を思い出す、イヤなことを

連想するとなるとリンゴを見ることもイヤになるのです。

リンゴは何も悪くないのですが、連想することによって

リンゴさえも悪く感じてしまうのです。


このように、現実はあなたの内側の状況によって

いくらでも変わります。美味しいリンゴを食べたいと思うならば、

お腹をすかせて食べればいいのです。

言っていることが伝わっていますでしょうか?

自分が体験したい現実にするには、

自分の中を変えればいいのです。

どの観点からリンゴを見るか・・

で、リンゴを見ているあなたの現実は変わってきます。

美味しくリンゴを食べることが出来るのか、出来ないのか、

または食べることもないのか、

それはあなたのその時の見方ひとつなのです。


また少し話が逸れましたが・・今日私がお伝えしたかったことは、

同じところに居て、同じ物を見ていても、それぞれの人の見る観点、

感情、価値観などによって

まったく違う現実を見ている(体験している)ということです。

そして、みんなそれぞれ自分の現実しか体験できないのです。

だから、自分が体験している現実だけが存在し、

正しい現実だなどということはありません。


もう一度言います・・

100人いれば、100の現実があるのです。

それぞれすべてが正解なのです。

どちらが偉い、どちらが正しい、どちらが善だ・・

などというのはナンセンスです。

そして、他の人の現実に自分の現実を見せようとするのは、

自由への介入になります。


ただ、私はこんな風に見えます、あなたはどう見えますか?・・

と話し合うことは楽しいことですね。

自分だけの現実だけでなく、他の人の現実を知ることも

とてもいい経験になりますから。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう アシュタール! 


(ここまで)


これからは個々の多様性と自由を尊重する時代になるだろうと思います。

アシュタールはリンゴを例にとって話してくれましたが、こと世界情勢についてみるときにも

同じことが言えます。トランプ大統領が革命を起こすとみる人もいれば、反対に何も変わらない

むしろこれまでよりも悪くなるとみる人もいます。

それはひとえに見る観点が異なるからです。ひとそれぞれ自分の得た情報を基準にして

判断しますので、その得る情報が異なれば見る現実の判断も違ってきます。

そのどれもが正しいという考え方はものすごくなじめないひともいるかと思います。

なぜなら、これまでの善と悪、正と不正解、白と黒などの二元性を基準にして判断する

ように教えられてきているからです。

個々の自由とは、自分の判断がそれぞれのタイムラインを創り出していくということです。

AさんとBさんの未来は似ているようでレールが少しづつ異なってきて、しまいには離れる

こともあれば、同じようレールを走り互いに歩み寄ることも出てきますが、どちらを取るかは

その時々の判断によるということですね。

それを個人の自由に任せるというのが自由への介入をしないという大原則です。

なぜなら、それはそれぞれが望んで体験していることだと思うからです。


アシュタールのメッセージが正しいと思う人もいれば、そうでないと言う人もいる人もいると

思いますが、それは個々が判断することなので、自分で決める問題だろうと思います。

そのため、それぞれが選んだ方向へ進むしかないように思います。






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