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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:思考(選択)が主で、現実は従・・・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:思考(選択)が主で、現実は従・・・・・」



(ここから)


今日の破・常識!




あなたが見ている現実(ホログラム)が気に入らなければ

あなたの好きな現実に変えることも出来る・・・らしい(笑)



では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。






「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

私たちはよく・・感謝して受け入れてください・・と言います。

しかしこれは、我慢してください・・という意味ではありません。


あなたに起きたことは 

すべてあなたが創造していることですので

なにかあなたに不都合なことが起きても、

誰かがあなたに我慢を強いて来ても(コントロールしようとしても) 

それをあなたが作り上げた現実なのだから ありがたく受け入れて

そのままでいてください・・と言っているのではありません。

それでは、何が起きても我慢してください

ということになってしまいます。

これは、微妙なニュアンスを言葉で説明するのは

とても難しいことですので、出来る限り 

感覚で理解していただきたいと思います。

すべての現実(ホログラム)をあなたが創造しているのは真実です。

ですから、今あなたが見ている現実(ホログラム)が気に入らなければ

あなたの好きな現実に変えることも出来るのです。


でも、あなたは受け入れてください・・という言葉によって 

あなたの気に入らない現実までも 

受け入れなければいけないと思ってしまい

我慢をしてしまう傾向にあります。

あなたの選択の結果があなたの現実

(ホログラム)となっているのですから

イヤだと思ったその時点で 

他の選択をすればいいだけのことです。

目の前に出て来た現実を我慢して受け入れ 

そのホログラムを見続ける必要はないのです。

受け入れてください・・というのは 

我慢してくださいと言っているのではありません。

受け入れてください・・というのは 

あなたが創りだした現実だということを

認識してください・・ということです。

その認識が出来れば、あなたの現実を受け入れ 

そして気に入る現実に変えることが出来るのです。


感謝して受け入れる・・この認識が違ってくると 

あなた以外の存在のコントロールをも 

受け入れてしまうことになってしまいます。

今のあなたがコントロールを感じているのならば、

それはあなたが今まで

そのコントロールを受け入れることを許していたからです。

そのコントロールを感謝して 

受け入れる必要はないことはわかりますね。

違うと思ったら、あなたがそのコントロールを

受け入れることをやめれば済むことです。

それを私が創りだしたホログラムだから 

それを受け入れ、この自分にとって不都合な現実は 

何かの学びのためだから・・と我慢して 

そこにいることはないということです。

我慢するところから 学び?はありません。


受け入れる・・と言うのは 

あなたが自分で今のあなたの現実(ホログラム)を

創りだしたのだということを認めるということです。

自分が創りだした現実を感謝して受け入れる(我慢する)

ということではありません。

とても言葉にすると微妙な違いに思いますが 

エネルギー場においては、とても大きな違いになってきます。

主体が変わって来るからです。

前者の受け入れるになると 

現実が主で、あなたが従の立場になってしまいます。

そうなると、あなたは自分の現実(ホログラム)は 

自分ではどうしようもない物だ、という考えになってしまいます。

そうではなく、あなたの思考(選択)が主で現実が従なのです。

ですから、あなたの思考(選択)いかんによって

現実はどうとでもなるのです。


理解していただけましたでしょうか?

あなたは、まだ思考のエネルギーを感覚で理解することが難しく

そのために、まだうまくあなたの思考のエネルギーを

制御することが出来ないだけなのです。

少しづつ感覚を研ぎ澄まし 

思考のエネルギーの使い方に慣れていってください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!


(ここまで)



嫌なことがあっても、それは自分が創り出したものだから仕方がないとあきらめてはいけない

ということですね。

現実は自分が創り出したものならば、嫌なら別のものに変えればいいだけのことです。



目の前にケーキとリンゴがあって、私はケーキを食べたいと思ったのに、傍にいる弟に

ケーキを食べられてしまった。と言う場合・・・・。

そのケーキを食べることは出来ませんが、新しく買ってくればいいだけのことです。

そこで食べられてしまったからとあきらめるのではなく、自分がケーキを食べるという

現実を創ればいいだけのことですね。

ところが、多くは食べられてしまった弟を疎ましく思いながら、もうないと思うのが普通で、

別のケーキを用意したり弟に買いに行かせたりと言うことをしないからいけないのです。

そういう発想の転換を求めているのです。


簡単に言えばそういうことでしょうね。










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