So-net無料ブログ作成
検索選択

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:物々交換という概念」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:物々交換という概念」


(ここから)

今日の破・常識!




物々交換・・という概念を手放していきませんか?

        これも所有の概念と同じもの・・・らしい(笑)



では、アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。




「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

これからお話しすることは 

こういう方向性で考えてはいかがですか?・・というご提案ですので、

今すぐに出来ないからといって 

そんなこと現実問題出来るわけないでしょ!と怒らないでくださいね(笑)


私たちは、お金という概念を手放してください・・とよく言いますが、

そうすると では、原始のころのように物々交換になるのですか?

と思われるようですが・・・そのそもそもの物々交換・・

という概念を手放していきませんか?

あなたの社会は、すべてこの考え方で成り立っています。

これも所有の概念と同じものです。

私が持っているものをあなたの持っているものと交換しましょう・・

という考え方ですね。お金というものが、その最たるものです。


交換ですから何かを持っていなければ 

自分は何も手にすることが出来なくなる・・

これから不安、怖れの感情が出てきます。

そして、もっともっと持たなければ・・と思うようになるのです。

そして、人の持っているものに対して 

自分の分を取られたという感情が芽生えはじめ 

そこからいろいろなネガティブな感情が生まれてきます。

そうではなく、ただ自分が持っているものを 

差し上げる・・という考え方にシフトしていきませんか?

ただ 差し上げる・・です。(細かいことになりますが・・

これは”与えあう”という感覚ではありません。

与えあうというところには、エゴ的な感覚が入りやすくなりますので 

ちょっとした言葉の違いですが

エネルギー的に違ってきますのでお伝えさせて頂きます)


あなたが持っているもの、技術、アイディア、・・すべてです。

そんなことをしたら 自分は何もなくなってしまって 

生きていくことが出来なくなってしまう・・と思いますか?


ちょっと考えてみてください。

あなた一人が、すべてを差し出すのであれば 

何もなくなってしまうでしょうが、

みんなが自分の持っているものを差し出していけば 

みんなが何も不足することは無くなるのではないですか?


例えば、お水を使うのに お金という代償(物々交換)を払っていますね。

それは何に対して払っているのでしょうか?

お水そのものですか?それならば、お水は誰のものでしょうか?

水は、テラ(地球)が分け隔てなくすべての人に

与えてくれているものですから

誰かが水を所有するなんてこと自体がおかしいことはわかりますね。

だから、水そのものに対してお金を払う必要などないのです。


では その水を運んでくれている人たちの技術と手間に払いますか?

それならば、お金のように物々交換する必要はないのではないですか?

水道を作ってくれている人たちは、そのサービスを差し出してください。

ただ提供するのです。


お米を作るのが好きで楽しい人は、お米を提供してください。

服を作るのが楽しくて作っていると夢中になって 

たくさん作りたくなる・・って思う人は 

自分が作った服が欲しいという人に差し上げてください。


こうして自分が好きなこと、楽しいこと 得意なことを 

それぞれが提供し合うと何も困ることはなくなります。

そして物々交換ではありませんから 

何も持ってなくても頂くことが出来るので 

不安も恐れも何もなくなくなります。


何もしなくても、もらえるのならば 

何もしない人ばかりになるのではないでしょうか?・・

って 思いますか?


あなた達は、自分を表現することが

何よりの喜びだということを忘れないでください。

何もしないでただ寝ていたい、楽がしたい、・・

って思うのは、今あなたが 

生活というものに追われ疲れすぎているからです。

その肉体的な疲れが取れ、生活にも不安がなくなると 

何かをしないではいられなくなってきます。

自分を表現したくてたまらなくなってきます。

そのあなたのハートの表現を みんなに差し上げてください。

そして、そのあなたの表現が誰かを感動させ 

喜んでくれるようになると

その喜びの波動を受けてあなたも楽しくなり 

もっと表現したくなってきます。


このそれぞれのやりたいこと 

素直な楽しい表現を提供し合うことで

とてもいい循環が起きて 誰も何も困ったり不足したりすることのない

調和の世界が創造出来るのです。


この話については もっともっとお伝えしたいことがたくさんありますが

今日は、これ以上話すと長くなってしまいますので 

また機会があるときに続きをお話ししたいと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」



ありがとう アシュタール!

(ここまで)

この世のすべては一つ残らず物々交換と言う考え方とやり方で成り立っています。

物を買ったり手に入れたり、あるいは人に何か頼むためにもつかわれるお金が

その究極的な姿です。

人はただで何かをしてあげたり、何かを依頼したりするのを嫌がります。

たとえ、一方が無償で行ったとしても他方はそれを負担に思い、何かの対価を

差し出そうとします。また、ただで何かをしてもらうことを当たり前と考える人には

とても風当たりの強いひんしゅくと非難が降りかかってきて、以降誰にも相手に

されなくなることでしょう。

そのため、今のように貧富の差が著しくなったとしても、困っている人に手を差し伸べる

人やその機会はかなり少なく、本来なら多く持つ人が持つものが少ない人に差し上げる

べきなのですが、現実はそうではありません。あまり余裕のない人が率先して行って

いる現実があります。それは持つ者の少ない人こそがその気持ちを理解できている

からです。お金持ちは1億円あろうとその対価がない限り1円でも惜しむ人々です。

もちろん、中には貧しい人に寄付と言う形で行っている人はいますが、それも背後には

名声、地位、立場の向上を目的としたものが存在します。

日本でも戦後間もないころには困っていればご近所さんからのおすそわけというのが

ありましたが、今ではすっかり姿を消してしまい、その役割は行政が担うようになって

います。生活保護がその一つの姿です。おもしろしことに生涯汗水流して働いて得る

(本来は自分のお金なのですが)年金よりも地域によっては支給額が多いと言う変な

状況になっていますが・・・。

年金も考えてみれば元は自分のお金なんですね。なんとなく今はみなさん国から支給

されているという感覚の方が強いので減らされても文句を言うでもなく、黙々ともらえる

ものはもらうという感じです。


話は脱線してしましました。この世にお金と言うものがなくなれば・・・と前回の記事でも

書きましたが、仮にある日朝起きたら身の回りにあるお金が一切なくなったという現実に

遭遇したら、みなさんどうされるのでしょうか?

どこかへ出かけようとしても、電車賃がない!自動販売機で缶コーヒーを買おうとしても

小銭すらない。とりあえず、携帯は後払いなのでそのまま使えますが、きっとお知り合いの

方同士で「お金がなくなった」と騒ぎ立てているでしょうね(笑)。

本当にそうなった場合、どうするのでしょうか?鉄道は無賃乗車を認める代わりに乗車した

という切符を発行して後日お金が戻ったときにもらおうと備えるやり方を取るのでしょうか?

それならば、タクシーは?乗せる乗せる客がすべてお金を持っていない、それなのに

乗せて走っただけでメータはクルクルと周り、上がり続ける料金を表示したままで運転手も

困惑の表情をうかべている。本社の指示で鉄道と同じように利用券を発行するのか?

あるいはクレジットカード以外は認めないという強硬手段を取るのか?しかし、それは大きな

混乱を引き起こすのですべてそうすることは出来ないでしょう。

お金がないのであれば、電子空間にある株取引などは出来るでしょうけど、そもそもお金が

ある銀行の残高がすべてゼロ円だったらそれもできないでしょう。

お金が存在しないから、交通機関はマヒ、銀行も閉鎖、スーパーなどは買い物客が押し寄せ

商品を根こそぎ持っていこうとするのでしょうか?日本ではないかもしれませんが欧米あたり

では店舗が破壊されすべてのものが持ち去られるでしょうね。

政府はこの状況に対処するために新たにお金を発行しようとしますが、それも何らかの

原因で出来ずお金は存在しないまま・・・。世界中がパニックになってすべてが動かず凍り付

いている姿が目に見えるようです。



そのくらいしないと、人はお金と言う概念から離れられないのでは?と思います。

でも、そうなって初めてお金と言うものの本当の姿が見え始め、物々交換ではなく互いに

提供し合うというやり方を始めるのではないかと思います。その時には政府と言うシステムは

消されなくなっていますので、自分たちの力ですべてを動かしていかなければなりませんが

それでも、徐々に混乱はおさまり、これまでのように何事もなく動いていくと思います。

そこでは、お金は存在せず、人々はこれまでやってきたことをそのまま続けて何ら今までと

変わらない日常生活が戻ってきています。

違うのはお金がない社会で、すべては人々の奉仕(ボランティア)で成り立っている世界です。

だから、政府が何かを決めて国民がそれに従うというものはありません。すべてを地域の

住民がそのサークルの中で決めることで物事が動いていくようになります。

そんな世界を考えてみました。





nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。