So-net無料ブログ作成

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:本当に同情はエゴ?」 [アセンション]

破・常識 あつしの挑戦「アシュタール:本当に同情はエゴ?」



(ここから)

今日の破・常識!



共依存にはまってしまったら・・

永遠 それを続けるしかなくなる・・・らしい(汗)




過去の記事「同情するなら・・」に、コメントを頂きました。

>私は ずっと話を聞いてあげてました。
 マイナスの感情は、ため込むとよくないと思って・・
 これも同情なのですか?エゴなのでしょうか?

 人は強さと弱さ、賢さと愚かさ、いろいろな面を持っていますが
 精神状態によっては「弱さ、愚かさ」に支配されてしまうこともあります
 そんな時に助けあうのが 友達だと思っているのですが・・・
 間違ってますか?・・

 身近な人が 悩んでいて、とても辛そうなとき、
 自分に何か出来る事は無いかな?と思う事も
 エゴから来ているのでしょうか。

(こちらで少し編集させて頂きました・・)


この件に関して アシュタールからのメッセージをお伝えいたします。






「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

同情・・これに関して今日は2つのケースをお話ししたいと思います。


まず一つ目は・・本当に困った事があって、苦しくて仕方がない・・場合。

これは、おぼれている人とイメージしてください。

おぼれて 苦しくて もがいている人に 助けてあげようとして

自分もそこに飛び込んで手を差し伸べたらどうなりますか?

おぼれている人は とにかく助かりたくて

むやみやたらにしがみついて来ます。

そして 助けようと飛び込んだ人も 

それに巻き込まれて一緒におぼれてしまいます。

ここまでは わかりますか?


同情・・というのは言葉どおり 同じ感情を持つ・・という事です。

同じ感情・・というのは、同じところに飛び込む・・ということです。

同じところに飛び込むのは、先ほどの例で示したとおり危険です。

おぼれている人のドラマに 参加しないでください。

そのドラマに参加すると、

あなた自身の中心がわからなくなってしまいます。

あなたが冷静、霊性でいられなくなってしまいます。


では、放っておくのですか? 友として冷たくないですか?

何もできないのですか?・・というご質問が飛んできますが・・

そうではありません。


おぼれている人は しばらくすると もがくことをあきらめます。

そして、落ち着き水に身体を預ける事が出来るようになります。

そうなれば、自然と浮いてきます。

それを 待ってから救命具を差し出してあげればいいんです。


大丈夫です・・その人の秘めたる生命力・・パワーを信じてください。

必ず 浮いてきます・・!

その人を見放すのではなく・・待っていてあげるんです。


その待っている・・ということが・・黙って聞いてあげる・・という行為です。


話すことで その人自身の中が いろいろ整理できるように、

じっと黙って聞いてあげる・・これが待つ・・ということです。

これは 同情ではありません。 

その人のドラマに参加していないからです。

そのドラマを側で見ているだけです。

そして、整理ができた段階で 提案をしてあげればいかがでしょうか?

これが 救命具を差し出す・・ということです。

でも、間違えないでください・・

あなたは あなたの考えを提案するだけです。

あなたが持っている救命具を差し出すだけです。

それを使うか、使わないかは・・その友達の自由です。

それで 良いんです・・

これを使いなさい・・とあなたの救命具を押し付けるのはエゴになります。

ここまでは 理解していただけましたでしょうか?



そして もう一つのケース・・

これは 共依存です。

こちらは エゴ同士の依存関係です。

エネルギーの奪いあい・・です。

自分の中で”愛”のエネルギーが枯渇してしまった人は、

誰かからそのエネルギーをもらおうとします。

そうでなければ 生きていけないと思ってしまったのです。

そして、自分をかわいそうな人だとアピールします。

自分を低く見せる事で 優しさや愛というエネルギーをもらおうとします。


そして、その人に同情した人は、そのことを知りながら

(深いところではそれが
エネルギーバンパイアだということを知っています)

エネルギーを与えます。


与えている人は、自分がいなければ 

その人はダメになる・・と思えることで、

自分の価値観を見出そうとします。

そのことで 自分は人を助けることが出来るほどの

価値がある(優越感?)と・・思うことで

エネルギーを補給するようになります。


ですから、どちらが欠けても成立しない

共依存関係が出来上がるのです。


その共依存にはまってしまったら・・

永遠それを続けるしかなくなるわけです。


どちらかが その関係を辞めようとすると 

もう一人は困りますから、かなり抵抗をします。 

なかなか その関係から抜け出せないのは そういうことです。


他にもありますが・・今日はこの2つのケースをご説明しました。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう アシュタール!


(ここまで)


「同情」というのと「情けをかける」は違うことはご存知と思います。

同情はアシュタールの言うように相手と同じ立場になって感情を同じくすることです。

だから、同情の場合は相手の懐に飛び込んで一体になってしまうような感じです。

でも情けをかけるは違います。

犯罪を犯した人の情状酌量の余地があると判断し刑期を減刑してあげるとか

万引き犯人を捕まえてはみたけれど、まだ幼い子供だったとか、あるいはやむに已まれぬ

事情があって犯罪を犯した人を見逃してあげるとなどの行為のことを言います。

だから同情とは違います。そこには同じ立場になるのではなく、相手の立場を理解し

助け舟を差し伸べてあげる行為をいいます。


同情というのは日本人としては当たり前のことであり、同情心のない人を冷たい人だと

よく言いますが、それは本人がエネルギーバンパイアであることに気づいていないからですね。

大変だねと気遣うことはあっても、同じ感情になって悲しんだり泣いたりする必要はないと

いうことです。黙って見守ってあげて必要があれば手助けで出来る材料を差し上げれば

いいだけのことです。それはお金であったり、ものであったり、人力であったりしますが

相手に必要と思ったときに差し伸べればいいだろうと思います。









nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0