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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:すべてはあなたが決めたことです」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:すべてはあなたが決めたことです」



(ここから)

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

すべてはあなたが決めたことです。

誰かの強い勧めがあったとしても、それもあなたが決めたことです。

あなたの許可なくして起きることはありません。


あなたの現実に起きていることは、すべてあなたが決めて、あなたが許可

したことなのです。


それが理解できると、とても楽になります。

人のせい、環境のせいにしていると、あなたの気持ちの持って行きようが

なくて、あなたのエネルギーはずっと彷徨い続けることになるのです。


良い仕事があります、必ずもうかります、私が保障します・・などと言われ

その仕事をしたけど、まったく思ったような結果が出なかった。

まったくお金にならないどころか借金までしてしまった。

騙された、裏切られた・・と思うこともあるかもしれません。


でも、冷たいようですが、それを最終的にやると決めたのはあなたなのです。

その人を信用していたから・・と思うでしょうが、信用していたのはあなたであって、

その人には関係のないことなのです。


決めたのはあなたです。

分かりますね。

勧められても、断ることは出来たのです。

勧められて、シブシブはじめたかもしれませんが、でも決めたのはあなたなのです。

その人に義理があったから、友達だったから、断る理由が見つからなかったから、

などいろんなことを考えるかもしれませんが、でもやると決めたのはあなたなのです。


それを、誰かのせいにしているといつまでもそこから動くことが出来なくなります。

いつまでも、そこに立ち止まってしまうことになります。

思考エネルギーが同じところでグルグル、グルグルとまわってどこにも向かないという

ことになってしまうのです。

どんなに言い訳をしても、エネルギーがグルグルしているので現実は何も変わりません。


ここで、自分で決めたことだから・・と思えるようになれば、次に進むことが

出来るのです。

そうなると、思考のエネルギーの方向を変えることが出来ます。

思考エネルギーをどこかに向けることが出来るのです。


思考エネルギー方向が決まれば、現実も変わります。

言っている意味が伝わっていますでしょうか?


だからと言って、それを決めてしまった自分を責める必要はありません。

そんなことを決めてしまった自分ってなんてバカなんだろう・・などと考える必要は

ないのです。

それも、誰かのせいにしているのと同じ現象なのです。

同じところで思考のエネルギーがグルグル、グルグル回るだけなのです。


決めたのは私。

だから、違う方向へ行くと決める・・と言えばいいだけのことです。


自分が決めた、自分が望んだ、自分が許可したことしか、あなたの現実には起きないのです。

もし誰かにあなたの権利を渡してしまったとしても、渡すと決めたのはあなたなのです。



すべてはあなたが決めたことなのです。

ならば、何かを決める時はそれを自覚して決めてください。

そうすれば、何が起きても後悔することはありません。

これを決めてもいいですね?・・と自分に聞くことが出来るようになります。

そうなると、しっかりと考えた上で決めることが出来るようになります。

自分と会話して、自分のハートに聞いて決めることが出来るようになります。


小さなところからでいいですので、いつもそのことを思い出してください。

野菜を買うときでも、自分が決めてこの野菜を買いますと宣言してください。

そしたら、中から虫が出て来ても、八百屋さんに文句を言いに行こうなどと

思わなくなります(笑)


小さなことからいつもそういう意識を持つことが出来れば、大きなことでも

人のせいや環境のせいにすることがなくなります。


そうなれば、とても楽になります。

そして、自由にあなたの人生を楽しむことが出来るようになるのです。


人のせいにした方が楽だという考え方は、本当は楽ではないのです。

自分で決めたことだからと考えられる方が、楽になれるのです。


もう一度お伝えします・・あなたが決めたこと、あなたが許可したことしか

あなたの現実には起きないのです。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール!感謝します。

(ここまで)


私も最近ひとつの大きな決断をしましたが、決断する前にはかなり迷いました。

良いのか悪いのか?結果がどう出て来るのかなどなど・・・。

それがどういうものかはここでは書きませんが、それでも決断した後、その日は

寝付くまでキャンセルしようかとも思いました。

しかし、翌朝は決断したことを認め、最初の行動を起こしました。

その結果は芳しいものではありmせんでしたが、それも自分で決断したことなの

だからと思うことで自分を納得させることが出来ました。

もし、これが他人から強引に進められたものだからと思うならそう思えないでしょう。

あの人が有無を言わさず決断させたものだから・・・という言い訳が出てきます。

それは結果としてよいものを生み出しません。

だから、自分で決断したことは潔く認めるべきです。

そうすれば気持ちが軽くなります。

どんな未来であろうとすべては自分の決断に基づいています。

結果が芳しくなければ対策を考えればいいし、とことんやってダメならもとに

戻せばいいだけのことです。幸い今回の決断は自分の意志でもとにもどせるもの

ですので、それが救いなのかもしれません。


決断ってホント!勇気が要りますね(笑)。


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破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:愛の証を求めているのは・・・」 [アセンション]

破・常識 あつしの歴史ドラマ「アシュタール:愛の証を求めているのは・・・」


(ここから)

今日の破・常識!



何かをしてあげるのが愛情ではない・・

何かをしてもらえるのが愛されている証ではない・・・らしい(笑)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


では、アシュタールからのメッセージをお伝えします。







「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

何かをしてもらうことが愛情のバロメーターになっていませんか?

それがバロメーターになってしまうと エネルギーの取り合い、

エネルギーバンパイアになってしまいます。

何かを自分のためにしてくれることが愛情の証ではありません。

何かをしてくれることに愛情の証を求めているのは 

自立できていないからです。

物をプレゼントしてくれる、やさしくしてくれる、料理をつくってくれる・・

だから私は愛されている・・それは違います。

プレゼントしてくれない、いつも一緒にいてくれない、

気を使ってくれない、こまごまと身の回りの世話をしてくれない・・

だから愛されていない・・まったく自立できていない考え方です。


自立できていない人同士には 

尊敬と感謝にもとづいたパートナーシップは出来ません。

先ず自分が一人で楽しむことが出来るようになってください。

誰がいなくても 自分で自分のことはすべて面倒をみられる・・

責任を持つことが出来る・・それが自立した大人です。


何かを相手に求めるのは愛情ではありません。

”愛”は相手に対する感謝と尊敬です。

相手に対して感謝し尊敬の気持ちを持っていれば 

何もしてくれなくても満足できるのです。

自分の中にエネルギーが枯渇しているから 

何かをしてもらうことでエネルギーをチャージ出来ると思い 

それを愛情だと思ってしまうのです。

エネルギーをもらわなければ 

自分の中のエネルギーをチャージ出来ないのは 

自立していないからです。

自立することは難しいことではありません。

自分で自分の中をエネルギーで満たせばいいだけのことです。

自分の中がエネルギーで満たされていれば 

相手に何も求めることは無くなります。

そして自分の中がエネルギーで満たされ 

それが常に湧き出していれば 

そのエネルギーに共振して 

相手も自分の中からエネルギーが湧き出してきます。

言っている意味が分かりますか?

あなたが自由にあなたを表現していれば、楽しんでいれば 

あなたの中の愛の井戸から 

どんどんエネルギーが湧き出してきます。

エネルギーが湧き出し、まわりの人たちにも放射できるようになります。

その放射されたエネルギーに共振し、その人の中にある愛の井戸も 

それが呼び水となって その人自身の井戸からも

エネルギーがどんどん湧き出てくるのです。

みんなが自分の愛の井戸からエネルギーが湧き出てくれば 

人からもらおうとは思いません。

人からもらわなくても十分エネルギーで満たされているからです。

これが自立です。


何かしてもらうことが愛情の、優しさのバロメーターになっているのは 

自分の中の愛の井戸が枯れてしまっているからです。

枯れてしまっている人同士になると 

エネルギーの取り合いがはじまってしまいます。

エネルギーバンパイア同士では 

いつまでたってもエネルギーが満ち足りることがなく、

常に取り合い殺伐とした関係になってしまいます。


もし誰かに何かをしてもらいたい・・と思うときがあれば 

あなたの中を見てください。

あなたの中の愛の井戸は どうなっていますか?

枯れているようでしたら、すぐに気持ちを、

視点を変えてみることをお勧めします。

人からもらうのではなく、あなた自身があなたに対して 

楽しいことをしてあげてください。

気持ちの良いことをして上げてください。

あなたの中の愛の井戸が開けば 

一人でいることもさみしいことでは無くなります。

ひとりで楽しむことが出来るようになります。

ひとりで楽しむことが出来ない、自立していない人が 

ひとりはさみしいからと言う理由で

誰かといようと思うとそこには不自由な空気が流れます。

分かりますか? それでは二人でいても楽しむことが出来ません。

ひとりで楽しむことが出来る人が 

ひとりで楽しむことが出来る人と一緒にいれば 

そこには自由な空間が出来ますので 

とても気持ちの良いものになります。

自分で立てる人と自分で立てる人が一緒にいれば 

とても気持ちの良いコミュニケーションを構築することが出来ます。

してくれない・・というエネルギーの奪い合いではなく 

エネルギーを提供しあうことが出来るからです。


感謝と尊敬のエネルギーを提供しあってください。

そうすればとても素晴らしいパートナーシップを築くことができます。

そのためにもあなた自身が自立してください。

イヤなことを止め、好きなこと楽しいことをしていれば 

愛の井戸が開きエネルギーで満たされ 

誰に頼ることもいらなくなり 

自分の足で立っていられるようになります。


男女の間だけの話ではなく親子関係もそうです。

何かをしてあげるのが愛情ではありません。

何かをしてもらえるのが愛されている証ではありません。

人間関係すべてにおいて同じことが言えます。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!


(ここまで)


これって私たちが通常考えている「愛」という概念からすればそうとう受け入れるのは

難しいと思ってしまいます。だって、愛は相手になにかをしてあげることと教えられて

来ているからです。


でも、自立という観点から考えると、そのような愛を常にもらっていなくともきちんと

そこに立っていられる強さと理解できます。

そうすると愛を求めることが自立ではなく、自分の足できちんと立っていられることが

自立なので、愛をもらわなくともいいということになります。


しかし、それではあまりにも寂しく周りからの疎外感を強く受けます。

そこで、立っていられるために誰かに愛されているという実感を持つことを求め、それが

ないと倒れてしまう、あるいは崩れてしまうという心がそこにあります。


でも、これはギブアンドテイクの関係として互いに自然にそれをやり取りできるなら

そうした関係は続くのではないでしょうか?そして求めることではなく与え続けること

でもなく、なんの見返りを求めることもなく互いにそれが出来るなら互いに愛という

感情の共有と愛の共振がそこに生まれるのではないかと思います。

難しいですね。しかし、これからはそうした関係が必要になってくる流れになっていく

だろうと思います。


そのためには一人でも立っていられる心の強さが必要です。

ひとりでいても寂しさを覚えず、自分で出来ることは自分で行い、しかも他人から

援助を求められたならそれを自然に出来るというスタイルですね。そして対価を求め

ないという姿です。




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世にも奇妙なフツーの話「ミナミさん:なんちゃってすき焼き??」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「ミナミさん:なんちゃってすき焼き??」



(ここから)

大分落ち着きましたけどね・・でもまだまだ野菜が高いですねぇ~^0^;

ちょっと前までは、ホントもうねぇ、野菜の値段じゃなかったですよ。

白菜が700円って、あなた!キャベツ半分が300円って、あなた!

にらが一束299円って、あなた!(それもいつもの束より量が少ない)

安い時には2束99円で売ってるのにぃ~~・・ 

高くて買えないよ~~。

野菜だけじゃなくて、魚介類もまだ正月値段なの?って思うほど高いんです。

え~、こんなに高いんじゃ手が出ないよ~~・・ってあちこちから聞こえてきます。

もちろん、みなさん声に出して言ってるわけじゃないんだけど、

ひぇ~~、っていう叫び声に似たエネルギーが飛び交ってます。(特に野菜売り場)


もちろん私も、ひぇ~(叫)ですよ。

え~、鍋が出来ないじゃん、野菜炒めも出来ないじゃん、じゃん、じゃん・・

どうしよう~~^^;


・・ってね、心の中で叫んでいたら、アシュタールが・・


「節約しようと思わないでくださいね」・・って。


そんなこと言われても、こんなに物価が高いんじゃ節約するしかないじゃないの?(怒)


「気持ちの持ち方です。同じ現実でも気持ちの持ち方で次の現実が変わります。

だから、節約しなきゃという考えは手放してください」


え~、どういうこと?それ、節約しなきゃって考えないでどうやって考えればいいの?


「節約しなきゃっていうのは、我慢しなきゃってことです。

だから、エネルギーが内向きになってしまいます。

エネルギーが内向きになると、現実も重い感じになってしまうのです。

重いタイムラインを選んでしまうことになります」


そんなこと言われても・・じゃあ、どう考えればいいの?


「この状況でどうやって美味しいものを創ろうかな・・って考えてください。

どうやって工夫しようかなってゲームを楽しむように考えれば楽しくなりますよ

いつもあなたがしているように、違う素材で食べたいものを作るゲームです」


そっか、そう考えると楽しくなるよね^0^

(私、肉類が苦手なんです。でも時々豚肉とかのひき肉を使ったキーマカレーや

麻婆豆腐やすき焼きとかを食べたくなるんですね。

食べようと思って買って来たりするんだけど、でも、どうしても肉の匂いが

気になって食べられない。

最初はもうずっと食べられないのかなってあきらめてたんですけど、

最近ちょっと思いつきで豚のひき肉の代わりにマグロとか魚のたたきとか、揚げ豆腐を

使ってみたらどうかな?って思って試してみたんです。

そしたら、ほぼ似た料理が出来たんですよ。キーマカレーも麻婆豆腐もすき焼きも^^

なんちゃってキーマカレーも麻婆豆腐もすき焼きも美味しいんです^0^)


「ね、ものは考えようなんです。

出来ないからダメ・・我慢しなければいけない・・と思ってしまうとエネルギーが

内向きになります。

でも、それをゲームのように考えて工夫することを楽しむことが出来れば、エネルギーは

パッと外向きに変わるのです。


ちょっと感じてみてください。

我慢という漢字と響きを身体で感じてみてください。

なんとなく重たさを感じると思います。

そして、背中が丸くなっていると思います。

これが、エネルギーが内向きになっている時の感覚です。


そして、今度は、あ、出来るじゃない!って言ってみてください。

そういうときは、目線が上に上がり、姿勢もよくなると思います。

目の前がちょっと明るくなった感じもするかもしれません。

これが、エネルギーが外向きになっている時の感覚です。


エネルギーが内向きになると、身体にも影響が出ます。

自分の身体をエネルギーが刺してしまうことになり、不調になってしまいます。

そして、エネルギーが内向きになると、楽しくないですので、次の現実も楽しくない

ものとなります。


同じ現実でも、節約しなきゃという思考と、どうやって面白い料理を作ろうと考え

楽しもうとする思考では、エネルギー的には大きく変わってきます。


次の現実を楽しくしたいと思うのであれば、楽しくなる思考をしてください。

思考が先、現実があと・・です。

楽しくなる思考は、いま起きている現実をちょっと違う角度で見てみると出来ます。

出来ないと思うと出来ませんが、出来ると思うと出来るのです(笑)


同じ現実ならば、楽しくなる角度から見ることをお勧めしたいと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


ありがとう、アシュタール^0^ なんか楽しくなって来た^0^

(ここまで)


これって、先日私が「我慢しないでくださいね」という記事で、無いものはないので

それなりに我慢するということを書いたものに対する回答でしょうか(笑)。


ないなら無いなりに工夫して何とかしようとする考え方が外向きの力になるという

ことだろうと思います。つまり、ないから何もせずに我慢することではなく代わりの

方法がないか探してみる、あるいはやり方を考えてみるというスタイルですね。

その方がエネルギーが内向きにならず重くもならず、外向きで軽いエネルギーになるので

未来もそうした展開になるという事です。


「そうなんだ~!」

あまり固く考えないようにするのがポイントのようですね。

みなさんもそれぞれ自分なりに工夫してみてくださいね。




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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:ひとりになりたい・・・」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:ひとりになりたい・・・」



(ここから)

今日の破・常識!



疲れる・・ということは 

           あなたを生きていない・・ということ・・・らしい


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


では、アシュタールからのメッセージをお伝えします。






「こんにちは こうしてお話し出来ることに感謝します。

子供でも大人でも誰にも会いたくないときはあります。

そういう時はまわりの人たちはそっとしてあげてください。

元気づけようなどとする必要はありません。

無理に元気づけようとすることは、もっと疲れさせてしまいます。

誰にも会いたくない・・と思うときは心が疲れてしまっているときです。

引きこもり・・という言葉には悪い印象がありますが、

決して悪い事ではないのです。

とても必要なことなのです。

心が疲れてしまったり傷ついてしまったときは 

それを癒すためには、じっとしていることが大切なのです。

身体に不調が起きたり怪我をしてしまったときはじっとしていますね。

身体も心も同じです。

疲れたり傷ついた時はじっと動かずに 

ただ自分の治癒力に任せるのが一番なのです。

ですから元気づけようと刺激するのは逆効果になります。

傷口に触ってしまうことになります。

励ましも同情もいりません。

とにかくそっと見守ってあげていてください。

無理に学校に行かせようとしたり、外(社会)に出そうとしないでください。

閉じこもることで崩してしまったバランス(調和)を

取り戻そうとしているのです。

そして周りの人は心配の波動エネルギーを 

子どもに向けて放射しないでください。

口には出さなくてもその心配や外に出そうと思う

コントロールの波動エネルギーを放射すると

それを感じて、また傷が大きくなってしまいます。

口に出さなくてもエネルギーは影響するのです。


子供は大丈夫です。

自分でちゃんと回復する力を持っています。

だから心配したり、外に出そうとするのではなく 

子供の持っている本来の力を信じて、ただ見守ってあげてください。

手をかける必要はありません・・ただ信じて見守るだけでいいのです。

そして周りの人たちは

それぞれの好きなことをして楽しんでいてください。

子供が引きこもっているのに自分だけ楽しむなんて事は出来ない・・

という気持ちは手放してください。

親であるあなたが楽しんでいれば 

その波動エネルギーが子供に共振して 

子供の自己治癒力が高まって行きます。

心配は反対に自己治癒力を下げてしまいます。

あなたの波動エネルギーが 

子供に大きな影響を与えていることを理解してください。

あなたが心配のエネルギーを子供に向かって放射すると 

その重く粗い波動に共振して子供の波動も重いものになります。

そうすると治癒力が下がり 

傷をいやすために時間が多くかかるようになります。

ですから軽い波動エネルギーを放射してあげるように意図してください。

親が楽しんで軽い波動エネルギーを放射していると 

それに共振して子供の治癒力、回復力も上がり 

傷を癒す時間が少なくて済むようになります。


子供は、自分で自分を癒す力を持っています。

子供だけではありません・・

大人も誰でも自分で傷を治す力を持っています。


傷を治すためにも、じっとする時間を大切にしてください。

ひとりになりたい・・と思ったときは無理せず 

じっとする時間を意図してつくってください。

身体が疲れた時も、心が疲れたと思うときも 

とにかくじっと動かずにいてください。

気持ちが落ちる・・心が疲れる・・

ということは弱いことではありません。

ただ我慢したり無理をしただけなのです。

そしてあなたは我慢したり無理をしたりすることに

慣れきってしまっているので

疲れたり傷ついたりしていることに

気がつかなくなってさえいるのです。


もう少し自分で自分をみてあげてください。

疲れる・・ということは、あなたを生きていない・・ということです。

何かを我慢したり無理をして 

あなたを表現していない・・ということです。

何もしたくない・・元気が出ない・・人と会いたくない・・と思うときは 

堂々と引きこもって、じっとする時間をつくってください。

じっとする時間に対して罪悪感や自分はダメだと思う必要はありません。


引きこもる・・というのは悪いことではありません。

傷をいやす、疲れを癒すための大切なことだと分かってください。

充分に癒されたらまた元気が出て動きはじめます(笑)

それまで信じて辛抱強く待っていてください。

あなたを心から愛しています・・あなたの力を信じています・・

とエネルギーで伝えてください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!

(ここまで)


今社会問題になっている「引きこもり」という40代くらいの大人が増えているという

のとはちょっと違うようですね。

あるいは、周りの心配が高じてそうなってしまったのかは定かではありませんが

仕事もせず、親から小遣いをもらい続けて数十年という場合は問題の本質が違います。


ここでアシュタールが伝えようとしているのは子供によくみられる環境不適合あるいは

自ら心を閉ざしたようなケースですが、こうしたケースは子供の治癒力を信じそのまま

好きにさせておくのがいいということですね。


何となく気分が落ち込んでいるというのはそれなりに原因はあると思います。

親にこっぴどく叱られたとか、何かのきっかけで子供同士の信頼関係が崩れ自分が

信じられなくなった時とか、なんとなく何を見ても悲しみにとらわれふさぎこみに

なってしまうとかですが、こうしたケースはあります。私も経験してますから・・・。

でも、自然と治ってしまうものです。それもちょっとしたことがきっかけだったり

しますが、いちばんはそんな大した問題ではないと思えるかどうかです。

まあ、ときとしては「自分がこんな状態なのに周りはどうしてあんなに楽しい状態で

いられるのだろうか」と思うこともあると思いますが、それがきっかけで本当は自分が

いちばんの原因なんだろうかと思い始めることもひとつのきっかけです。

引きこもりというのは自分に自信を失った状態なので、自分の殻に閉じこもりその傷を

癒そうとします。それにどのくらい時間が必要かわかりませんが前述したような40代

大人の引きこもりは「可哀想だから」と必要以上のお金を与えてしまったことも要因で

しょう。子供なら子供にとって必要なだけで十分であり足りなければ自分で何とかしな

ければならないものだと考えるので、その自立する芽をつむんでしまったためにそのまま

大人になったものだろうと思います。こうなってしまうとそれが日常になるのでそこから

抜け出すことは難しくなります。

子供の頃に甘やかすことなく対処すべき問題ではなかったのかと思います。







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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:国同士の小競り合いは”マッチポンプ”です」 [アセンション]

世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:国同士の小競り合いは”マッチポンプ”です」



(ここから)

何だか世界中がきな臭いですね^^;

フランスでは徴兵制を復活させると言い出すし、

スウェーデンでは戦争に巻き込まれる事態を想定した備えを国民に

呼びかけるパンフレットを配るとかなんとか。

日本もロケットが飛んで来るぞ、近海にどこそこの船が近づいてきてるぞ、

日本の領土が危ないぞ、ってずいぶん煽ってるし。


本当に世界中のリーダたちは戦争がしたくて仕方がないんですね。

そんなに戦争したければ、自分達だけで殴り合えばいいのにね・・

それじゃあ、お金儲けができないか(苦笑)

世界統一政府が出来ないか(苦笑)


好きにしてくださっていいですけど・・

もう私たち庶民を巻き込まないで欲しいですよ、まったく・・


では、今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

前回の記事でもお伝えしましたが、感情には気をつけてくださいね。

あなた達は基本的に感情で判断します。

戦争を起こしたい人たちは、そのことをよく知っています。

だから、あなた達を動かしたいときは感情を揺さぶるのです。


彼らは感情の操作の仕方を知り尽くしています。

小さな感情の対立をいくつも創り、お互いを少しずつ少しずつ嫌いにしていくのです。

民族の文化や過去のことを持ちだし、民族間、国家間、宗教感などを刺激し、庶民たちを

分断していくのです。

分断し、お互いに憎悪を向けさせるようにするのです。


そして、機が熟したと思った頃にマッチポンプ(自作自演)で事件を起こし、

戦争に持っていくのです。

戦争は自然に起きるものではありません。

戦争は意図して起こされるものなのです。


そういう視点から今までの戦争の勃発点を見直してみてください。

庶民の感情を大きく揺らす出来事が必ず起きているはずです。

小さな女の子の証言ひとつで国中の人々の感情を動かし、戦争に持っていったという

例もあります。

それまでは戦争に反対していた人たちも、小さな女の子の証言を聞き、涙し、

そんなにひどいことをしている国なら仕方がない、攻撃しましょうと戦争に賛成した

のです。

でも、その女の子はひどいこともされていないし、その国に行ったこともなかったのです。

そのことが判明したときにはもうすでに戦争ははじまっていたのです。


小さなことで、人々の感情を大きく揺るがす方法を彼らはよく知っています。

気を付けてください。

毎日のようにニュースなどで、小さく小さく揺さぶられています。

あの国の人は・・あの民族は・・と、お互いににらみ合うように仕向けられています。

あの国の人は・・と、ひとつに括らないでください。

その国の人たちにもいろんな人がいます。

個人個人で会うことがあれば、きっと印象が変わってくると思います。


文化、習慣、常識が違うのはお互いさまです。

どちらが正しいということはないのです。

お互いの文化を尊重しあうことが出来れば、にらみあうこともないのです。


文化、習慣、常識が大きく違うと思う時は、離れればいいのです。


国同士の小競り合いは、マッチポンプです。

庶民たちにお互いに対して悪印象を持たせるためになされていることなのです。


本気で攻撃しようと思えば、とっととやっています。

もし、本気でやろうと思ってもいままで出来なかったのあれば、これからも出来ません。

だから、大丈夫です。


そして、もう一度言いますが、あの国の人たちとひとくくりで考えないでください。

その国の人たちも毎日生活しているのです。

大切な人たちに囲まれ、仕事もしてその人の人生を生きているのです。

あなた達と同じなのです。

そこを忘れてしまうと、数字になってしまいます。

その人達が記号になってしまいます。

そうすると、人に対する愛(尊敬と感謝)を忘れてしまいます。


いまあなた達を支配・コントロールしている人たちは戦争がしたくて仕方がないのです。

そのためにあなた達の感情を操作しているのです。

それに乗らないでください。

感情に巻き込まれないでください。


冷静に、霊性に、俯瞰でみることが出来れば、感情を操作されることはありません。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」



ありがとう、アシュタール!感謝します。


(ここまで)


生活保護費が18年度から5%ほど減額になるという事で多くの受給者は頭を抱えている

ようですが、この下げる基準が問題ですね。

どうも国民の生活が貧しくなり平均所得が下がって来たからそれに合わせるというもの。

アホじゃないのと思ってしまいます。公務員の給与の決め方と真逆じゃないですか!

公務員の給与は民間のトップ企業100社を選んでその平均から決めているので必ず高く

なるし、最近では政府が増やせ増やせの号令で大企業の所得が増えているから今回も

何パーセントかアップという人員勧告が昨年なされたようですが、自分たちのもらい分

(もともとは税金)は高い方を基準に決めて生活保護を受ける人は底辺に合わせて決め

るというのは何とも身勝手な発想です。アメリカ様からいろんなものを買わないといけ

ないし、諸外国には援助しないといけないしと支払いが増えるのに自分たちの給与は絶対

減らしたくない。そこでたばこ増税、社会保険料アップ、社会保障切り下げ、税金アップ

生活保護費減額、年金支給額減額。いったいどこまでやれば気が済むのだろうと思って

しまいますが付き合いきれないですね。


いろいろ考えると頭にきてしまいます(# ゚Д゚)。

国の借金は日本だけではなくアメリカでも同じ状況で予算が組めず政府機関が一部停止

と報道されています。日本だとほとんどそんなことはないのですが、アメリカは赤字国債

発行も限界なんでしょう。これは予算を組めないほどお金を使っているという事になり

ますが、ほとんど軍事予算や裏予算でなくなり、残りは日本と同じ利払いでしょう。

これを戦争を起こしてチャラにしようというのが今の政府の考えです。

ところが誰も踊らない!困った困ったと頭を抱えているのは向こうの方です。

そんなもんは放っときましょう。政府が困ったって知ったこっちゃないです。自分たちで

まいた種なんですから・・・。裏予算をなくすか軍事予算を削れば済むものです。

後は職員の給与を今の半分まで減らせばいいんです。そうすれば庶民の痛みも少しは

わかるというもんでしょう。それでもわからないか(笑)。





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